回転木馬で見る夢を
自称デートには慣れているリュウトの計画では、まずは四人でアトラクションに乗ることになっている。入園には何の問題もなく、連休でもない今日は、比較的休日にしては空いているぐらいだった。さすがに疎らということはないが、それでもひとつのアトラクションに乗る為に数時間も並ぶということはなさそうだ。
一番最初に乗るアトラクションに向かって、四人で横に広がって歩く。普段の通学路では絶対に行ってはいけない行為も、広い空間が取られた遊園地ならば迷惑もかけない。
シズクは駅から変わらず口の減らないリュウトとケイトの“じゃれ合い”にたまに相槌を打ちながらも、ついつい初めての遊園地へと視線が引き寄せられてしまう。
――せっかく隣に並んでるんだから、コウと話したいけど……でも、やっぱり! 遊園地スゲー! あのジェットコースター絶対怖いやつだ! あ、あっちにはカワイイメリーゴーランドがある! 向こうから美味しそうな匂いもする!
初めて見る大規模なアトラクションに目移りするシズクに、コウがおかしそうに笑う。
「シズクもここは初めて? 俺も行くような機会がなかったから、今日来れて良かったよ。前からここのジェットコースターは気になってたんだ」
「うん。ここどころか、俺の家、そんなに余裕ないから、他の遊園地も行ったことがなくて」
「そっか……もしかして、家がきついからバイトしてる、とか?」
「まさか。そんなに苦学生じゃないよ。バイトは……あそこで働きたいなってずっと夢だっただけで……」
あの店で働くのは、中学生の頃からのシズクの夢だった。初めて親に連れられて訪れた時、あの店の店員達が身に纏ったカワイイ制服に憧れたのだ。ウエイトレス達だけでなく、男性の制服もどことなくカワイイ。『カワイイ』と言われたい、シズクには理想の職場だった。他の男性スタッフ達がどう思っているのかはわからないが。
「へえ、夢だったのか。良かった。シズクがそんな夢を持ってくれていて……」
「……え? なんで?」
「だって、その夢がなかったら……俺達、出会えてないだろ?」
思わず隣のコウに顔を向けると、そこには彼の満面の笑みが広がっていて。もうこの場所には二人だけしかいないような錯覚を起こしてしまいそうだ。
「そ、そうだ――」
「――シズクくんの夢の職場だったのか。確かに、あの店の制服を着こなす男性は、シズクくんぐらいのルックスがないと合わないだろうな」
横から今一番聞きたくない――今だけじゃなくずっとだけど――ケイトの声が割り込んでくる。途端に二人きりの甘い空気が霧散し、憂鬱な恋敵との戦闘状態に突入する。
「……それ、どういう意味?」
「ん? 気分を害したならすまない。私は褒めたつもりだったんだ。シズクくんみたいに甘いルックスの男性には、あの店の制服が良く似合うだろうから。確かにシズクくんは、『ガタイが良い』や『雄々しい』と言った表現は合わないだろうが、だからといって男性としての魅力がないということではないから。これは、女の私が言うのだから間違いない」
「あ……ありがと……」
恋敵と認識している相手――おそらく彼女からはそう思われてはいないだろうが――から素直に褒められて、シズクは返す言葉が見つからずに曖昧にお礼を言うだけになってしまった。これでは感じの悪い男じゃないか。隣のコウの顔が怖くて見れない。
「いや、やっぱり愛らしい顔立ちのシズクくんも男性だからな。私の言葉が悪かった。シズクくんだって『カッコイイ』と言われたい気持ちもあるだろうに……」
言葉遣いは硬いまま。しかしシズクのことを褒める言葉はスラスラと流れるように出て、その声にも本気の空気が孕んでいることがわかった。だから、シズクは慌てた。
――女らしくないのは見た目だけじゃなくて、中身もなのか? 言葉遣いはなんとなく想像出来たけど、こんなに真っ直ぐ褒められることなんて……
ケイトが言うように、シズクは甘いルックスをしていると皆から言われる。褒められる。しかしそれは、こんな直球の、ましてや『本心からの純粋なる言葉』ではなかった。
シズクがこれまで異性から掛けられた『褒め言葉』には、二通りの意味合いしかなかった。一つは小学生の頃等に受けた『カワイイ』で、これにはどちらかというと男らしくない、貧弱といったマイナスの意味合いが多かったように思える。そしてもう一つは最近になって言われる『カワイイ』だ。こっちには隠しもしない性的な意味合いでの気持ちが詰まっていて、特に年上の女性から掛けられることが多いものだった。
そのどちらにも、純粋なる好意なんてものはなく。蓋を開けてみれば男子顔負けの性欲や、交際相手の見た目を過剰に気にする女子社会の醜さばかりにどっぷりと浸されるような言葉だったのだ。
――ほんとに、男みたいに真っ直ぐ褒める女だな。いや、嬉しくない、ことはないけど……
「……男の俺に、こんなこと言われるの嫌かもだけど……ケイトちゃんは『カッコイイ』ね」
お礼を伝えることを失敗してしまったので、せめてもの気持ちでシズクも己の本心を伝えた。彼女からの言葉に純粋に浮かんだ言葉を答えた。これが失礼だと思われたら、その時は彼女のように潔く謝ろう。そう、素直に思えたから。
「……ふっ……ありがとう。どういう形容でも、私の内面を『褒めて』くれるのは嬉しいよ。隣の軟派な男も、そういう内面を見ることに関しては一流のようだが、やはりその友人もしっかりと内面を見れる人間のようだな」
少し照れくさそうにして笑うケイトの顔は、とても好感の持てるものだった。確かに儚げで可愛らしい女性像からは遠く離れた存在なのだろうが、それでも内に秘める人間力とでもいうのか、大らかに受け止めるその心の広さには、異性とか同性とかそんなものを吹き飛ばすくらいの魅力がある。
――この子って、あれだ……彼女とかじゃなくて、親友とかにしたい人だ。多分、大切にしないと後悔する。
ほとんど直感的にそう思った。こんな思いを女性に抱くなんて、シズクにとっては初めてのことだ。これまで築いた人間関係のそのどれとも違う形で、彼女との交友を望んでいる自分に驚きながら、シズクの目は“隣の難破な男”を捉えた。
隣の難破な男――リュウトも、照れくさそうに笑っていた。
「おいおい、よせって! 俺のこと褒めたってなんもエエことないでー。ま、しゃーないから? 待ち時間にアイスくらいなら奢ったるけど?」
シズク以外の二人にも、これが彼の照れ隠しだとはわかったのだろうか。普段通りにふざけた態度で、しかし普段よりは少し上機嫌なリュウトの声に、シズクも笑顔で「ご馳走さん!」と返した。