フレアニスの天罰
ガタガタと揺れる荷馬車の中で、クーリーとアンフェルは村長の護衛のためについてきていた男――村長の息子であり、名をフログと言うまだ若い青年だ――に、これまでの収監生活の話をして目的地に着くまでの時間を潰していた。
フレアニス教会は建物の造りこそ教会だが、その実情は天使を看守とした監獄である。
罪人以外に人間の存在を許さないその教会は、天界からの監視の元、罪人の罪を償う機会を『無慈悲なる暴力』によって強制的に与えてくる。そこに懺悔の意など皆無であるにも関わらず、地上の刑では死以外に有り得ない大罪人に、天使フレアニスは手を差し伸べるのだ。
煉獄の如き炎とそれ故の揺るがぬ愛を司る天使フレアニスは、奉仕と償いには寛容である。
フレアニス教会への投獄は、天使に見込まれた者のみだ。そのため見込まれた者は、どんな訛りの強い遠方からだろうがフレアニス教会へと運び込まれる。食事はフェーデの村からの恵みを与えられ、その代わり『その身をもって』地域への奉仕活動に駆り出され、その身に募った罪を償い続けるのだ。
大都市の機械仕掛けの乗り物に見慣れていたクーリーは正直、この荷馬車のことを人間用の馬車だと認識したくなかったのだが、フェーデの村と同じく田舎であるフログの生まれた村にそんな大層なものがあるはずもないので我慢する。ガタガタと揺れる座席は木製で硬く、座り心地は最悪に近い。
「じゃあお二人は、トイレの時までステンドグラスに祈りを捧げているんですか?」
手綱を握りながら振り返ったフログが、呆れたように笑いながら言った。彼は田舎の村で育った人間にしては信心深くないようで、話題こそ天界への祈りについてのものだと言うのに大笑いしてくれるので、はなから神様なんてものには嫌悪感しかないクーリーとしても話しやすい相手だった。
ちなみに信心深い人間代表である村長は、先程村を通り過ぎる時に降ろしておいた。ここから先はならず者達が住み着く洞窟まで村もないので、案内係にフログだけついてくることになったのだ。
「せやでー。依頼受けた時に見たやろ? あのごっついステンドグラス。あれをこーんなちっこくしたやつが便所にもあってな。やからオレ、便所掃除の時そのステンドグラスも一緒に、ブラシで掃除してやってるねん。エライやろ?」
「え……それって……」
せっかく両手を広げてステンドグラスの大きさを伝えているのに、何故かフログは言葉に詰まっていた。何故だろう。心なしか座席の上に置かれたフーちゃんのランタンが眩しいし、胸の紋様がじんわりと熱い気もする。
――なんで、フーちゃん? オレ、綺麗にしてあげてるんやで?
「きさんがたまに便所で悶絶しとったの、やっと謎が解けたばい」
アンフェルがくっくと喉の奥で笑っている。彼は揺れる荷馬車の上ですら、教会から持ち出した最後のウイスキーを煽っている。普通に座っているだけでも吐き気を感じるというのに、さすが生粋のアル中は肝の据わり方が違うと感心する。
「いやいや、オレが便所の中おっても『炎刑』って、アンフェルにもくっきりはっきり聞こえてるやろ? オレが寝てた時、お前がフーちゃんの炎で毒草炙って『炎刑』食らったせいで、音色<爆音>で叩き起こされたんやぞ!?」
「あれん薬草やって何回も言いよるやろが」
「オレが知ってる薬草は炙ってもエエ気分にはならんけどなー」
「お前がまだガキやもん」
「なんやてー!?」
狭い荷馬車内で取っ組み合いをしようにも、足元は安定せず、ついでに胸のムカムカ(それと紋様)も安定しないクーリーは、立ち上がりこそしたがその後の勢いが続かずに、結局崩れるように座席に座り直した。
「おいおい酔っぱらっとん? ださかねー」
ウイスキーのボトルを空にして目を細めて笑うアンフェルは、いつもより上機嫌だ。多分久しぶりの外の空気が、彼を普段より少しだけ饒舌にしているのだろう。
アンフェルはいつも言葉こそ少ないが、的確に必要な言葉だけをクーリーにくれる。それは共に生活する上での労わりであったり、感謝であったり、揶揄いであったり、そして――忠告であったりする。
「フログの旦那は戦う気なん? えらいその剣、慣れとらんみたいやね。自信ないんやったら俺らの後ろで見とってくれたらいいとばい」
男前の顔が、静かに獰猛な気配を纏わせる。手綱を握っているフログはその空気には気付かないのか、振り返らずに言葉に愛想笑いを滲ませて返した。
「お恥ずかしい話、この腰の剣は飾りみたいなものです。ほら、小さなナイフなんかより、よっぽど見た目は強そうでしょう?」
「あー、なるほどなー」
アンフェルの問い掛けへの返答だったが、彼はその言葉の意味に気付かなかった。肩を竦めたアンフェルに、クーリーは代わりに相槌を打った。
「それより……村長から聞いたんですが、貴方達は『罪人』以外には手を出せないって、本当ですか?」
「あー、フーちゃんが……天使様が許さんねんなー。罪なき人間傷つけるん。やから仮にフログがその剣でオレに切り掛かって来ても、オレ反撃出来んねんで? 戒律厳し過ぎん?」
「あはは、そんな。村の窮地を救ってくださる方達に、そんなことしませんよ」
相変わらずこちらを見ようともしない背中を見詰め、クーリーは視界の端で天界の意思が疑惑の色を浮かべているのを捉えていた。
――ほんまフーちゃんって、素直でカワイー。
また今回も汚れなき天使の泣き声<判決>が聞けるのかと思うと、クーリーもアンフェル程ではないにしろ上機嫌というものだ。