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【BL】同時多角関係の浮気彼氏達


 動画の構成は以前送られてきたものとよく似たもので、差し込まれたアイキャッチ画像と動画の説明、そして期間限定クエストが違うだけで、大まかな流れや戦術は変わらなかった。つまり練習通りの戦法が、そのまま期間限定クエストでも通用したということだ。
 違う部分はまず、間に差し込まれたアイキャッチ画像だ。以前送られてきた動画には、相手の【好きなところ】などが記載されていたが、この動画はおそらく多くの視聴者にとって『入り口』となる。それを充分に理解し、そして有効活用するために、この動画のアイキャッチには【今だから言える出会った時の第一印象】と【次のデートで行きたいところ】を記載していた。この二つが入るだけで、ぐっとこの三人の存在が『リアルっぽくなる』から不思議だ。なんだか甘酸っぱい出会いや関係性を、思わず想像してニヤついてしまう、それを意識して作られている。
「これ……ほんとにヤバいよ。絶対裏ではできてるって、俺でも考えちゃう……」
「つーか、『裏ではできてる』ってわざと思わせて、良い意味で炎上っつーか、バズらせるん狙っとる。これ、見てみ?」
 動画を観ながら生唾を吞む良に、昌也はスマホで検索した兄達のチャンネルのSNSページを見せてやる。チャンネル名と同じ『第一部隊隊長達』の名で、目の前のパソコンの画面で流れたものと同じ動画を短く編集したものが、十時間前の投稿としてあがっていた。内容としては戦闘シーンを丸々流して、討伐画面で終了。タイムアタック動画のため、戦闘を全て流しても数分にしかならないので、ノーカットでSNSの投稿にも載せられたようだ。
 そう、載せられた戦闘シーンは全てノーカットなのだ。ただし、SNSの方の動画には音声はついていない。つまり何も知らない、純粋に『タイムアタック動画を観ようとした』層や、『実況動画を観ようとした』層が元動画を辿り、“運悪く”『ビジネスとしてBLチックなやり取りをしている動画』を観ることになってしまった。
 案の定、SNSの投稿には既に大量のコメントがついていた。良が怯えた表情で一番上のコメントに目を通したのを確認してから、昌也は他のコメントを見るために指をスワイプする。
「……一番ナイスが多いのが、このコメント?」
 きっと感情がついてこないのだろう。ふうっと息を吐いて目を瞑り、良はそう小さく言った。その気持ちは昌也にもよくわかる。兄達と自分達、いったい何が違うのだろうかと、わかりきった問い掛けを心の限り叫んでしまいそうになる。
『なにこの中毒性ヤバい隊長達』
 動画投稿から数時間後についたこのコメントが、人気のコメントとして一番上に表示されていた。そのコメントに対するナイスの数に比例するように、チャンネル登録者数も伸びている。アイコンから女性視聴者であろうことがわかり、兄達の目論見通りの層にもちゃんと刺さっていることがわかる。そして、その『中毒性』は、本来ならば刺さらない相手にも刺さったようで……
『かっこよすぎ。俺、男なのに……』
『ホモ動画見て笑うつもりがハマってた。だれか俺を助けてくれ。チャンネル登録はした』
『シンプルに抱いて欲しい』
 本来ならば『ホモ』だとか『ウホ』だとか嗤っている層ですら、全員が全員ではないが兄達の中毒になっていた。確かに批判的なコメントもあるにはある。だが、この程度の比率はどんな投稿者にも当て嵌まるので、深く考える程ではない。それよりも男性の視聴者達が兄達の魅力にハマっていることが、再生数に拍車を掛けているようだった。
『シード尊い』
『グルーの甘えた声イヤホンで聴いたら脳破壊された』
『わたしの本能が言っている。レイドは男前が過ぎると』
 本来のターゲット層である女性視聴者達のコメントも盛り上がっており、その合間合間に『同性の写真こんなに見詰めたの初めて』だったり『関西弁エロい。こんな奴らがいるのか関西っつーのは……』といった同性からの意見が混ざり込む。そしてそのコメントに対する返信で『レイド×シード以外認めない』と腐女子が湧けば、『シードには俺を抱いて欲しい』とリアコ勢になりそうな男性が応戦しだして、更にそこに『この三人がいる第一部隊にウチの主人公放り込んで、めちゃくちゃに犯されてるの想像してる』という『新たな隊長』を妄想で登場させている女性まで参戦して……と、とにかく性別を問わずに欲望が混じり合ったカオスなコメント欄ができあがっていた。
 しかし、混沌ではあるが地獄ではなかった。皆が皆、思い思いに己の頭の中の欲望を書き記しているが、誹謗中傷や攻撃的なコメントというものは少ない。その理由もなんとなく……昌也にはわかってしまっていた。
「俺達の動画より、批判的なコメント少ないね……」
 少し落ち込んだ表情で、良はスマホを昌也の方に押し返してきた。昌也もそれに頷いてから、スマホの画面を消して投稿された動画の方についたコメントを一覧で表示させる。
『タイムアタックの動画から来ました。イケメンのBL! ってみんな騒いでるけど、真にヤバいのはプレイスキル』
『この動画レイド視点だけど、これずっと仲間の位置見ずに把握してるって気付いて鳥肌やばい』
『最後のシードの特攻マジで神風。散り方男前過ぎ』
『絶対リア充で声良しプレイスキル最強って弱点何ですか?』
 皆が皆、兄達の魅力にやられていた。それはもう、中毒のように。上位コメントの言葉を借りるようになってしまうが、本当に『中毒』という言葉がピッタリのバズり方で。
「オレらの動画、まだDMくるもんな。『二人はホモなんですか? 気持ち悪いですね』って」
 顔出し配信を始めてからしばらく経ち、再生回数が少し安定してきた頃から、“熱心な”視聴者からのDMが増えた。ずっと送ってくる同一人物が数人と、その時たまたま二人の動画を観た初見さんらしきDMが、いつも良がチェックしている受信ボックスに遠慮なく突き刺さっているのだ。
 どうやら同性愛に理解がない視聴者らしく、わざわざ配信している投稿者に文句のDMを送ってくるのだが、そういったものには反応せずに放っておくようにと良には言っている。初めの頃はそういったことも危惧して昌也がメールチェックをしていたのだが、仕事を始めてからは余裕がなくなってしまい、良にその作業をお願いしていたのだ。
 一応、今の世の中どういったことから事件に発展するかわからないので、誹謗中傷のDMは全て保存してある。どれだけ傷付いても内容はちゃんと確認して保存しなければならないのは、きっと精神的にナイーブなところのある良には酷な作業となっているはずだが、本人の強い希望でその作業は続けていた。
「違うよ……昌也のことは、言ってないよ。そのDMの人」
「は? なんやねん、それ?」
「気持ち悪いのは俺だけって。イケメンの昌也は男女どっち抱いてても絵になるけど、俺みたいな奴は昌也に釣り合ってないって……」
「……そいつ、見た目で許せるゲイと気持ち悪いゲイ分けとるって? そいつの方がキモイやん」
「……でも……その人の言ってることは極端だけど……みんな、そう思ってることはない? 男女の恋愛でも、綺麗な女の子がコレをしても許せるけど、不細工な子がコレしたら許せないとか……きっと、同じような感覚でそう言ってるんだと思う……」
 隣の愛らしい細い手がぎゅっと握り締められたところで、昌也は立ち上がって良を抱き締めた。筋肉のあまりついていない細いだけの身体。守ってやらなければと思わせる、愛らしい瞳は……今は伏せられている。
「確かにそれは……オレでも思うことはある。でもな、だからってオレの可愛い恋人にそんなこと言ってええってことにはならんのやで?」
 愛らしい瞳がぐっと丸まって、驚きの表情と共に昌也を見上げる。男性としては平均的な身長だが、色白の肌のせいかどこか中性的にすら見えるこの顔の、どこが気持ち悪いというのか。
――なんか今更腹立ってきた。嫌いやったら観んなよな。あー、でもこれ、兄貴らから言わせたら『勝ち』なんやろな……動画観てる視聴者なんやし……
 ファンの逆はアンチではなく無関心らしい。マイナスな意見を投げてはいるが、毎回動画を視聴してわざわざDMまで送ってくる熱心な視聴者は、確かに自分達の動画に惹き付けられているとも言えなくもないが……
「……ありがとう。ごめん、気にしないようにって、ずっと頑張ってたんだけど……こうも、お兄さん達との違いを見せつけられると……ちょっと、吐き出しちゃった……」
「確かに、コレみたらな……」
 昌也と良は二人でチャンネルを運営しているが、あくまで『仲の良い男友達二人で投稿している』とチャンネル内では説明している。たまにファン達から『二人はできてるの?』とか『友達にしては仲が良すぎる』だとか勘繰られたりするが、そういったコメントには常に「よく言われます! でも、オレ達親友だから」と返していた。
 そんな自分達のチャンネルにすら、DMにて同性愛であることを『決めつけて』攻撃してくる輩がいる。だが、兄達のチャンネルはどうだ? これだけ『同性愛』を強く押し出しながら、しかしそのコメント欄がそれほど荒れていない。ほとんどのコメントが肯定的で、しかも兄達の魅力に熱中している。それはもう、中毒のように。
 昌也達から見えない部分――DMなどには届いているかもしれない。だが、人目に晒される部分には、そんな綻びはどこにもなくて。ただただ、完璧な兄達の姿に、否定的な意見は全て捻じ伏せられていた。
『イケメンこそ正義』
『みんな騙されるなよ? この三人まだ顔出してないんだぜ? でもなー、絶対イケメンだわこれ』
『男前なのは骨格でわかります』
『鎖骨すらイケメン』
『BLなんて興味なかったけど、これはなんだかニマニマするー。やっぱ男前だからかー?』
 そうなのだ。人間、見た目ではないと言いながら、それでもやはり……どんな世界でも『見た目』の力というものは強いのだ。男性にも女性にもウケる『男前』という真実を、視聴者はまだ知らない。だが、アイコンやアイキャッチに映り込む男前を匂わせる写真達を見て、視聴者達はそこに兄達の『男』の魅力を感じ取る。
 良は言った。気持ち悪いと言われているのは自分だけだと。昌也も本心では、『そう言う奴もいるだろう』とは思っていた。だが、それが『全て』だとも思っていない。昌也のことを嫌っている視聴者だっていれば、二人揃って気持ち悪いと思っている人もいるだろう。同性愛関係なく、ただ嫌っているという可能性だって大いにある。それを昌也は、良に伝えるべきか悩んでいる。
 確かに見た目がいい人間というのは、あまりマイナスに人には映らない。同じことをやったとしても、見た目の良し悪しで評判が変わるということも良く起こる世の中だ。だが、良が言うように『同性愛が気持ち悪い』という視聴者全てが、良の容姿が悪いせいで文句を言っているということは絶対にない。そもそも昌也からしたら愛しい恋人の容姿が悪いもクソもないのだが……可愛い系男子はあまり同性には受け入れられないのだろうか。
「俺……昌也の足引っ張ってるね……」
 昌也は本来、自分が思ったことは自信満々に相手に伝える人間だった。だが、初めての社会人経験で片想いの相手に心を叩き潰されたその時から、相手の反応を見過ぎる癖がついてしまっていた。自分の意見を伝えて相手が傷付くくらいならば、わざわざ言う必要はないんじゃないかと、それが回り回って『自分自身の逃げ』であったことにも気付かずに。それを気付かせてくれたのは良だった。良と付き合ってから、その癖は少しマシになった。愛する相手と結ばれたことによって、昌也に本来の自信が戻ってきたからだ。自信家なのは兄とも良く似ている。常に自信に満ちていて、他者を惹き付けるオーラが兄にはある。そんな憧れの兄に、昌也は似ていて、それが誇らしかった。
「良……そう思うなら、ちょっと自分、変えてみいひん?」
 だから今回も、ちゃんと自分の意見を伝えてみた。この提案をすることによって、良は人知れず傷付くだろう。やはり自分の見た目は恋人と釣り合っていないのだと思い悩む。だが、そこで終わるわけにはいかないのだ。
 コンプレックスを抱くのは人間の性だ。だが、それの解決策を他者のフォローに頼るのは間違っている。兄達のことを陽キャ、だとか少し……昌也からしたら気分の悪い括り方をする良にはきっと、今感じているコンプレックスはずっと付き纏う。それこそ、良の中で『自分の容姿』という問題が払拭されない限りは永遠に。
 良はその自分の心の闇とも呼べるものと、些細なことをきっかけに頻繁に対面する。その度に昌也にフォローを求め、昌也はそれを遂行する。『良は可愛いから大丈夫やで』と、いつもいつもフォローする。だが、そう言っておしまい。良は、それでその場は満足して、また同じことを繰り返す。何も進歩しないままに。
 甘やかすだけでいいと思っていた。だって、良の良さをわかっているのは自分だけでいいと思っていたから。だって良は昌也の恋人で、可愛い可愛い昌也だけの彼氏なのだから。
 でも、それじゃ駄目なのだ。良にだってこれからの未来があって、社会人として成長しなければならない。そこに見た目という武器をプラスしてやることだって、恋人のためになることじゃないか。いつまでも自分の腕の中で抱いておけるなんて、甘い夢を見ていたのは自分の方だった。変われる強さを与えてやるのも、恋人の大事な役目なのだ。
「……うん。俺、今までめちゃくちゃ嫌な奴だったね。かっこいいお兄さん達に嫉妬して、自分が変わるつもりは全然なかった。でも、これじゃ駄目だ。昌也、お願いしていい? 今までも服お願いしてたけど、ちゃんと自分のものにできるように頑張るから」
「ええよ。なら今日着てるオレのプレゼントしたシャツに合う上着、新幹線まで時間あるし駅ビルで探そか」
 先週末にプレゼントした三枚のシャツを、このお盆休み中にコンプリートしてしまった良にそう言って笑い掛けると、彼は照れ臭そうに頷いた。うん、やっぱり可愛い。DMの送り主は節穴だ節穴。
「あと変われること、なんかあるー?」
 これを機に他にも何か挑戦できるようなことはないかと問い掛けると、良は「うーん……ちょっとお兄さん達の動画観て考えてたんだけど……」と前置きしてから言った。
「お兄さん達、ちゃんとキャラ付け意識して戦闘もこなしてるでしょ? スナイパーでねちっこく撃ち抜く拓真さんに、魅せる空中戦でアタッカーの一希さん、そして……」
「普段は拓真さん守りながら敵の攻撃引き付けてるけど、最後の最後に最大火力叩き込む“特攻”かます兄貴な」
 以前送られてきた動画と違う点。それが兄の最後の特攻攻撃で、この動画の『オチ』として使われている部分だった。普通のゲームプレイ動画にすら『オチ』を用意しているのはいかにも関西人といった感じで、コメント欄にも特攻に笑ったという書き込みがちらほらある。だが、多分これもわざとだろう。関西人に対する全国的なイメージをちゃんと利用しているのだ。
 兄の装備しているソードは、盾<シールド>の部分を放り捨て、文字通り防御を捨てた特攻スタイルをとることができる。だが、この状態になると回避行動と回復動作ができなくなり、その上自分の体力がなかなかなスピードで減っていくようになる。その代わり非常に高い攻撃力を得るのだが、この状態で兄はクエストの最後に敵に突撃、相打ちという形で敵にトドメを刺したのだ。ちなみにクエストは三回まで力尽きることができるので、これでクエスト失敗になるようなことはない。特攻攻撃中はエフェクトが派手になるので、空中の一希視点のカメラワークでもその“雄姿”はとても鮮明に映し出されたのだった。
「俺達にも、こういうキャラらしい戦闘スタイルがいるのかなーって」
「いや、もうできてるやろ。近接戦闘ですぐ敵に飛び込むオレと、魔法主体で支援型の良で。もう充分キャラ付けできてるから気にすんな」
――兄貴らは全員、押せ押せモードの戦闘狂タイプやからな。これくらい強烈なんつけんと似たような感じになってもたんやろなー。
 全員が好戦的で攻撃的なのは、実はリアルでこそそうなのだが、そんなマイナスのイメージはこの動画には登場しない。きっとその兄の血は昌也にも流れているのだろうが、もちろんそれを良に見せるようなこともしない。
「それならいいけど……お兄さん達の動画だってことを差し引いても、このチャンネルは今後要チェックだね。俺達にも勉強になるよ、絶対」
 そう硬い表情で言いながら、良はチャンネル登録のボタンをクリックした。
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