【BL】同時多角関係の浮気彼氏達
弟カップルからのアドバイスのメッセージが届いたのは、動画を送り付けてから二十分後のことだった。
感想としては『最高。絶対伸びる』と絶賛され、アドバイスとして『タイムアタック企画に応募するための動画とは別に、今回送った動画をそれに至るメイキングとして配信するべき』という意見をもらった。
優利からすればあくまで感覚を掴むためだけに作った動画だったのだが、あまりに弟達からの反応が良いので拓真と一希にも夜中に送ってみたところ、深夜になってから『これは字幕つけて充分通用する』と拓真から興奮気味に電話がかかってきた。ちなみに一希は翌日に『上手いこと編集やっとるな。俺にも今度教えてや』とメッセージをくれた。
どうやら自分の動画編集の技術はまあまあらしい。弟達の動画やたまに見ていた実況動画の見様見真似感が自分的には凄まじいのだが、それでもそれなりに見れるものにはなっていたらしい。どうにかこうにか形にはなっていたようで一安心。
「ふー……盆に動画あげるために、あとはクエスト待ちやな……」
タイムアタックのための限定クエストは、お盆の期間限定配信だ。今は配信されていないクエストを待つ間、優利は……いや、優利だけでなく拓真も一希も、お盆中に集まる時間を取れるように、連休前の仕事を出来るだけ捌いている最中だった。今日だって二十一時をまわってようやく帰宅し、それからメッセージアプリで連絡を取りつつ、優利は夕飯と風呂を簡単に済ませて日課になりつつあるパソコンに向かう。
平日の食事は一人ではおざなりになりやすい。それを自覚している優利は、身体を維持するためにも栄養にだけは気を付けて意識的に食事を摂取するようにしている。営業はそれなりにストレスがたまる仕事だ。納期のことで頭がいっぱいになれば食事も喉を通らなくなる。そんな時は無理に量を食べることは考えずに、とりあえず栄養だけを考えて食べる。今夜のメニューはスーパーで買っておいた鶏肉を焼いたものとサラダに白米という簡単なものだ。鶏肉は昨日の夕飯の時についでに下ごしらえまで終えてある。濃い味付けに白米が合うため、一人でさくっと夕飯を済ます時には重宝するレシピだった。
風呂上りの身体にミネラルウォーターで水分を補給しながら、上裸のままで編集の終わった画面を眺める。
クエスト中の動画はまだ撮れないため、それ以外の部分――アイキャッチの部分を一昨日から何枚か作成しているのだが、優利達の思惑通り、この画像を挟み込むことは大成功だったようだ。弟達から興奮気味のメッセージが届いて、優利は思わずガッツポーズをしてしまった。
画像には拓真が考えた【質問】とそれに対するそれぞれの答えが小出しに記載されている。ひとつの動画に情報は最大でも三項目程度にしておいて、ストックとして溜めておくだけでなく、次の動画への誘導にも利用するのだ。新しい情報を欲しがるのは人間の性だと、拓真は笑っていた。
「……」
相手に対する『想い』を透かして“見せる”【一問一答】画像には、もちろん各自が実際に答えた『下書き』がある。メッセージアプリに拓真が送ってきた【質問】のコピーにそれぞれが答えた回答集が、目の前の優利のパソコンのテキストファイルに保存されているのだが、それがパフォーマンスだとわかっていてもどこか盗み見ているような罪悪感と……悪い悪い好奇心を刺激してくる。
ミネラルウォーターをもう一口。更に一口飲んでから、「編集、せなあかんし……」と自分自身への言い訳をしてマウスを操作。問題のテキストファイルをダブルクリックで開いて、そこで一度深呼吸。目を閉じて深く息を吐き……まるでタイミングを読んでいたかのような着信に心臓が止まりそうになった。こういう瞬間を外さない男、拓真からだ。
「もしもし……」
『優利くんお疲れー。編集めっちゃよかったでー。あの感じで本チャンいけたらけっこう話題になるんちゃう?』
あくまで気楽な風を装っての声音。“こういう時”、自分がどんな声を出しているのか、あいつもそろそろ自覚した方が良い。浅い関係の女程度にはバレないだろうが、深みにハマった自分のような存在には、その声は……酷な程に、甘すぎる。
ねだるような彼氏の声を耳で受け止めながら、目は画面の文字を脳に受け入れる。この数日、何度も何度も穴が開きそうな程に目に入れた文章。【一希<レイド>】に対する【拓真<グルー>】の気持ち。
『あー……ごめん、ちょっと協力会社から電話やわ。掛け直すー』
「へいへい」
嵐のように切られた電話に、助かったと思ってしまった。
【グルー】→【レイド】
【好きなところ】いつでも冷静で頼りになるところ。男らしいところ大好きー。
【相手のことをかっこいいなと思ったエピソード】悩んでた後輩のこと、口だけじゃなくてちゃんと助けてるの見てキュンってしちゃった。
【自分だけが知ってる相手のカワイイところ】実は寝起き弱いとこ。僕しか見てなかったらええのに。
ここまでは優利も知っていることだった。だから良い。一希がいつでも冷静で頼りになるのは通常運転だし、男らしいことも知っている。歳下のくせに生意気なくらいに。悩んでいた後輩の話は簡単にしか聞いていないが、どうやら昌也と同じ職場の人間らしい。本当に世間は狭いと驚かされる。
寝起きが悪いことは、まぁ……確かに、自分だけが知っていたかったという気持ちもわかるのでスルー。
問題なのは、ここから下の回答だ。
【相手からもらったプレゼント】ピアス。僕のお気に入り。
何のピアス? もしかしてこの前からよくつけてる、あのゴールドのやつ?
【相手にあげたプレゼント】輪っか状のものとだけー。けっこう高いで。
ホイールやな? その言い方やと絶対指輪やって誤解する奴でてくんぞ? 「下手な指輪より高いわ」って鼻で笑うんやろ? 相変わらず性格悪いやっちゃな。
【二人だけの秘密】すっげー大切な人共有してる。これ見て多分、照れるんやろなー。←これはさすがに書けん?
うっさい。
【記念日】10/26
少なくとも去年からってことやろ……こいつら……
【今だから言える出会った時の第一印象とかエピソード】絶対ヤバい側の人やと思ってたー。でも今はめっちゃ優しい。
それはわかる。つーかそれいつの話やねん? 俺知らんねんけど? お前らの初対面。
【次のデートで行きたいところ】夜景の見えるディナークルーズ行きたーい。いつかは人目気にせずイチャイチャするんが夢。
それにも同意。やっぱこいつ、外でもイチャイチャしたい人間なんやな。すげー心臓しとるわほんまに。
……とまあ、拓真サイドの回答に一つ一つに律儀にツッコんでいればこうなる。それぐらいツッコミどころが満載なのだ。こいつ“ら”の【一問一答コーナー】は。
マウスのホイールを操作して画面を下にスクロール。
普段はボケなんてほとんどしない一希――普通に面白いことも言うしそれなりにボケてもくれるのだが、普段から口数が少ないため他の誰かが先に笑いを盗っていくのだ――もまた、このコーナーでは何故か悪ノリが目立つ回答だった。それがいったい何故かなんて、考えられる犯人は一人しかいないのだが。
【レイド】→【グルー】
【好きなところ】実は健気なところ。ちょっと重いくらいの束縛はむしろ可愛く感じる。
【相手のことをかっこいいなと思ったエピソード】取引先で偶然会(お)うて、ちゃんと仕事してる姿見せつけられた。スーツ姿のお前が一番クール。
【自分だけが知ってる相手のカワイイところ】ベッドの中の話してええんか? 違う? ならメシ作る時嫌いな野菜めっちゃ細かく刻むこととか?
【相手からもらったプレゼント】貴金属は予想通りやろ? 下着ももらった。
【相手にあげたプレゼント】スーツ。俺がやったモン着て自信満々に仕事するあいつが見たいから。
【二人だけの秘密】知り合ってから実は十年以上になる腐れ縁。
【記念日】10/26
【今だから言える出会った時の第一印象とかエピソード】学生時代から男にも女にもだらしないヤツやった。本気じゃないだけやったみたいやけど。
【次のデートで行きたいところ】グルーは嫌がりそうやけど、山でも登りたいなー。
「ちょっと待てや、お前らマジで……」
ため息と共に思ったことが全て言葉に出ていた。
本当に、ちょっと待て、という気分だった。
拓真が『本当に信頼している相手』に対して、『ちょっと重』くて『健気』で『可愛い』のは優利も知っている。そのギャップに心身共にやられているのも事実だし、それが彼お得意の『パフォーマンス』ではなく素であることも気付いている。あんな体型をしているのに野菜が嫌いで、スーツ姿がとてつもなくエロいことも知ってる。
だが、一希と拓真が仕事先で接点があったことは知らないし、あいつのスーツが……あのエロさ全開のスーツが贈り物だったなんて思いもしなかった。下着は優利も贈られたのでスルー。つーかうちにあるあの下着がまさか、もしかして……?
「つーか、十年以上の腐れ縁っ!? なんやねんそれ!」
優利と拓真の出会いは、一希と同じく趣味である車のイベントでのことだった。優利が毎年参加していたイベントに、たまたま拓真が顔を出したのだ。当時の優利は知らなかったが、どうやらイベントの主催者側の人間と“そういう関係”だったらしく、そいつと別れてからは一切顔を出していない。ちなみに優利も、それから拓真とのことで主催者側ともめたので参加しなくなった。
ともかく、そのイベントでたまたま話す機会があった優利のことを、拓真は相当に気に入っていたらしい。今から思えば、彼からは執拗に飲みにも遊びにも誘われていた。だが、優利が弟のことで『同性ともヤれる』と伝えるまでは、拓真からの“そういった意味”でのアプローチは本当に何もなかった。本気で友情で、慕われていると思っていたし、いろいろ歪んでしまってはいるが、今でも自分達の絆には確かに『友情』“も”あると思っている。
それぐらい、信頼できる絆だった。そんな自分に、二人は何も言ってくれなかったのだ。自分達がどこで知り合っていたのかを。
優利はこれまで、てっきり二人も車のイベント関係で知り合っていたと思っていた。たまたま三人同じイベントに参加して、そこで実は皆面識があったことを知ったので、きっと二人も自分と同じような時期に知り合ったのだろうと勘違いしていたのだ。
二人がどこで、何歳の時に知り合っていようが何も関係ないじゃないか。心の中の天使はそう愛想笑いを浮かべるが、その横で悪魔は悲しそうに俯く。どうして何も言ってくれなかったのかと、その悲しみを瞳に映す。
言えないのか、言わないのか。何か後ろめたいことがあるというのならば、それはきっとこの関係に繋がっているのだろう。それとも、本当にどうでもいいことだと思っているから、敢えて何も言わないのか。わからない。深いところまで歪んでしまった今の自分には、二人の考えがまるで掴めなかった。
「記念日……もしかして十年も前の話なんか……?」
まさか、そんな……しかし……
考えても仕方がないことなのは重々承知で、腕組みして唸る。自分の中だけで回答なんて絶対に出ないのはわかっていても、なんだか心がずっとモヤモヤしていて、これが恋煩いってやつかと思い至り、今度は無性に笑えてきた。
声に出して笑うと、少しだけ心に落ち着きが戻った。誰もいない一人きりの部屋で大笑いする自分が酷く滑稽で、大きなため息をつく。
キーボードの横に置いてあったスマホがもう一度着信に震える。営業用端末ではないプライベート用のその端末の画面には、たった今まで思考を埋め尽くしていた当事者の一人の名前が表示されていて。
「もしもし……」
なんの躊躇いもなしに出る。どんな感情を抱えていたとしても、こいつの声を聞きたくなるのは、それこそ仕方がないことだった。
『もしもーし。ごめんごめん……優利くん、ひょっとして……僕のこと考えてくれてたー?』
何もかも見透かしたような、甘えるような声が問う。関係を持った男の前でしか出さない、特別な声だ。
「あんなん二人して送ってこられたら、考えるに決まってるやろ」
苦笑交じりに素直に白状してやれば、電話越しでも表情がわかるくらいの大笑いが返ってきた。電話の向こうは静かなので、拓真もどうやら帰宅しているらしい。繁忙期には平気で十五時間は働く男が珍しい。
『優利くんの心独占してるみたいで嬉しー。やっぱ……びっくりした?』
「会(お)うたらいつも独占しとるやろが。お前らがまさかそんな長い関係やったとはな……」
敢えて『関係』という言葉を使う。こんな罠に掛かるような男ではないのはわかっているが、ついついそう意地悪く言ってしまった。
『いやいや、知り合ってただけでセックスしたんはほんまに最近やって。記念日ってのは知り合った日って意味やでー』
「……拓真。俺の前ではそんな声で喋んな。嘘つかなあかんような関係なんか? 俺らは」
性欲を刺激するねだるような声。それを、初めて拒絶した。愛<嘘>を囁くその声が、小さなため息の後に、がらりと変わる。スマホが震えた。
『優利くんってほんまに束縛性よなー。そんな本気になったところで、僕らは結局結婚も子どもも無理なんやで? 優利くんが欲しいもん、僕はなんも――』
「――愛情とか! ……少なくとも俺は、お前から愛情も友情も……充分すぎるくらい、もらってるつもりや。それ……お前にはちゃんと返せてないか?」
スマホ越しに響く、小さなため息。
『……今から行ってもええ? 最速のドラテク披露してすぐ行くから。せやから……』
嫌いにならんといて。小さな声でそう続けた拓真に、優利は「このメンヘラ男! さっさと来い! お前が弱音吐ける相手なんか俺かカズぐらいしかおらんねんから、ちゃんと大事にせえよ!」と喝を入れる。
仕事も遊びも絶好調で男女問わずによくモテるこの男は、周囲からの『完璧過ぎる』という印象とは裏腹に、どうにも精神的に不安定なところがあった。強烈に他者を惹き付ける自身の魅力に自らが溺れているかのように、強い強い執着を時折優利に対して見せてくる。
執着の行き付く先に、本当の愛はない。あるのは自分自身への、自己愛だけだ。こんなことを続けていても、こいつが本当に欲している『揺るぎのない愛情』は、いつまでたっても手に入らないだろう。
――拓真が欲しいのは、結婚でも子どもでもなく、本当の意味での愛情をくれるパートナーなんやろな……
情けは人の為ならずとはよく言ったもので、自分が相手にした行いというものは、いつかは自分に返ってくるらしい。本当に相手に愛されたいのならば、まずは自分が相手を愛さなければならない。自分自身にも通ずる、なんとも耳が痛い言葉を噛みしめ、「待ってるから。もう泣くな」と伝える。
『……うん。ごめん、意地悪言った』
「俺も言ったからおあいこや。事故んなよ」
『おっけー。優利くん……大好き』
ふふっと笑ってそこで電話を切ってやる。返事は絶対言ってやらない。招き入れてからのお楽しみだ。
通話終了の画面が消えたスマホに目を落とすと、メッセージアプリの通知が光っていた。先程の通話中に受信していたメッセージで、送信者は案の定一希で。
洗い物を済ませるために流しへ移動しながら、片手でメッセージをタップする。
『なんも隠さんと問いには答えたけど、なんか聞きたいことある?』
余裕たっぷりのこの男には、盆明けにしっかりと尋問することにした。