【BL】同時多角関係の浮気彼氏達
「……これ、本当に初めて作った動画なの?」
驚愕の表情で画面を食い入るように見ていた良が、そう感想を絞り出した。言葉に彼の心境全てが滲み出たようなその声音には、酷い焦りと、怖れともとれるものが感じられた。
「本格的に作ったんはこれが初めてやと思う。そもそも、こんなえぐいプレイやれる程時間ないはずなんやけどな、あの人ら」
動画の構成は前半部分を三人の紹介と動画の趣旨の説明にあて、残りの時間はモンスター討伐中のプレイ動画となっていた。討伐中には三人の息の合った連携だけでなく、やり取り上での連携力も見せつけられる内容で、確かに兄が言うように『初めて動画を観た人からしたら、この三人は付き合っていそう』に思えるものだった。
「ねえ、本当にお兄さん達って付き合ったりはしてないんだよね? 男相手、初めてのようには思えないくらい色気あるんだけど……」
良が横から手を伸ばしてきて、マウスを動かし動画を最初から再生し直す。
動画には最初、三人のチャンネル名『第一部隊隊長達』の名前がまず映し出され、それからメンバーの紹介へと移行していく。ちなみに何故こんなチャンネル名なのかというと、兄達がプレイしているゲームの主人公である操作キャラが、『第一部隊の隊長』であるからだ。マルチで同じクエストに挑戦したら、当然『第一部隊隊長』が三人になるのでこんな名前にしたのだろう。勢いのある筆文字だが、どこでこんな素材を見つけてきたのだろうか。
続いてのメンバーの紹介画面では、画面を左右に分けて左半分に簡単なプロフィール――キャラ名や使用武器だけでなく、動画を一時停止させないと読めないであろう長さの備考欄もあった――を表示しつつ、右側にはあろうことか『特定されない程度に上手くパーツを隠した実際の写真』を入れていた。良もこの部分が気になったのか、兄の紹介画面で動画を一時停止させた。
このチャンネル内では兄がリーダーのような立ち位置にあるらしく、紹介は兄から拓真、一希の順番だった。兄のキャラ名であるシードの備考欄が、一時停止をしているせいで嫌でも目に入ってくる。自撮りのように斜め上からのアングルから撮られた、胸の辺りまでしか映っていない兄の姿は、自分よりも隣の良の方が熱心に見詰めていた。
「これ……多分人気出るよ……こんな写真、いくら隠しててもかっこいいの、見ただけでわかるじゃん……」
画面に映る兄は、顔の大部分を携帯ゲーム機本体によって隠していた。だが、とびきりの色気を放つ筋張った大きな手がそのゲーム機を持っている以上、垂れ流される色気という点では何も変わらない。むしろ大部分が見えないからこそ、無防備に晒されている顎のラインやVネックから覗く鎖骨に、どうしても邪な感情を抱かされてしまう。
そう、抱かされるのだ。この動画の自己紹介には。
わざととびっきりの一部分が見えるような写真を使い、更に各々を印象付けるためにそれぞれのイメージカラーのフィルターを掛けることにより、『魅力的な男性がプレイしている』という事実だけを伝えている。個人の特定に繋がる情報は何も晒さず、ただその魅力だけを晒しているのだ。髪の毛もこの動画のために染めたのだろう。今まで見たことのない銀髪からは、普段の兄の姿を連想することは昌也にもできなかった。身バレ防止としては完璧過ぎる情報の操作だ。
兄は普段から髭はちゃんと剃っている。体毛も薄い方なのでこの動画程度ならば目立たない。そして、兄の一番の魅力である強い力を持つ瞳は、この動画には映っていない。だが、その代わりに晒された卑猥な妄想の膨らむ顎から鎖骨に掛けての印象が、兄の“キャラ”である『シード』のイメージを強固なものにしていた。
備考欄には性格的なイメージを記載しているらしく、兄の最初の一文は『このチャンネルのリーダー的存在。それなりにしっかり者のお兄ちゃんでけっこう世話焼き』と、なんとも“らしい”紹介がなされていた。
昌也の前でも変わらない、兄の尊敬する部分であり愛する部分でもある、いつもの兄の紹介文。それなのに……昌也には、最後に記載されていた文章の意味が、“わからなかった”。
――『名前の由来は“苗床”』って、なんやねん? 優利は孕ます側であって、孕む側ではないやろ……
鍛えられた兄の腕に抱かれるのは極上の幸せだ。そんな兄が、他の誰かを抱くことは想像できても、抱かれる側なんて考えたこともなかった。
――まさか拓真さん相手とか、抱かれたりせんやろ? あの人めっちゃガリガリやし……つーか、ちゃう! これ『付き合ってそう』な動画やし。ほんま、ちゃうし……
「兄貴……ネコかいな……」
「これ、ほんと……普段からネコしてそうな説明だよね……凄い、こんなにそう、思わせるなんて……次、いくよ?」
内容が受け入れられなくて、思わずそう零してしまったが、良は良で動画のクオリティの高さに対する驚きが強過ぎるせいか、昌也の態度が普段と違っておかしいことには気付いていないようだった。
良の操作で動画は再び進行する。次は拓真の紹介部分で一時停止。
三人の中でもおそらく一番身バレを気にしていないであろう拓真は、大胆にもゲーム機で隠す部分は口元だけに留めていた。自信家の彼らしい横顔のショットで、特定に繋がる目元の情報は、普段と違う癖をつけた髪で完全に隠している。目元が隠れても根暗という印象を与えず、オシャレという言葉を引き出す彼の魅力は相当なものだ。細く伸びた指先が絡まるゲーム機に、どこか卑猥さを感じさせられる。ゲーム機にモザイクなんてかかってたら、大人のオモチャと見間違うかもしれない。
兄のVネックのような露出はしていないが、何の変哲もない薄い黄色のカッターシャツが、色黒の自分に一番似合うと絶対わかってやっている。そうじゃなかったらこんな無自覚な色気、暴力に等しい。彼のせいでオフィスが崩壊する。
拓真のキャラ名は『グルー』で、由来は……これまた昌也の不安を加速させる『えらくタチっぽい』ものだった。
――正直、拓真さん絶対ネコばっかやと思ってたけど……まさかな?
拓真との出会いはゲイ専用のアプリでのことだった。その当時から身バレなど気にしない勢いで派手に遊び回っていた拓真は、いろいろな男に肩を抱かれてネコ役でいることが多い印象だった。そんな拓真と『同じ秘密を持つお友達』という枠で出会った昌也は、それからずっと『お友達』を続けている。
兄よりは少しだけ年齢の近い男で、しかも同じ性的指向を持つ拓真は、時には兄以上に頼りになる『兄貴』役をしてくれることもあった。恋愛の悩みやカミングアウトの相談、そしてセックスの相談にも乗ってくれた。今の昌也があるのは拓真の教えがあってのもので、良に余裕のある表情をいつも見せられるのも全て、『兄』達のおかげであるのだった。
性欲に忠実で奔放な拓真だが、昌也に関係を迫ることはなかった。体格が似過ぎているから対象外なのかと思って直接聞いてみた――変に手を出されない方がいいが、それでもまったく手を出されないのは自分に魅力がないのかと不安にもなるだろう――ら、その時には既に実の兄である優利と知り合っていたらしく、「親友の弟とは無責任にヤれん」と予想外に真面目なことを言われて驚いたのを覚えている。それくらい、普段はちゃらんぽらんな男だった。
そんな遊び人な男の備考欄は、名前の由来から始まり、話し方の癖――語尾が伸びて甘ったるい印象を与える、いつものあの話し方だ――そして、タチネコどっちも、なんでもござれのド変態という説明で終わる。うん、確かに間違ってはいない。
「この人、昌也の知り合いだったよね? すっごい色気……男女どっちのファンも、一番つくかも」
「確かに人気で言えば拓真さんが一番モテるな、多分。もうほんまに、入れ食い状態のレベルで」
「拓真さんって名前なんだ……なんだか、昌也にちょっと雰囲気似てるね?」
「あー……たまに言われる。兄貴とおるより……兄弟っぽいって」
一瞬、拓真からの最後に送られてきたメッセージが頭を過り、慌ててその考えを振り払う。
「ちょっとわかる! この色気、昌也に通ずるものがあるかも」
「……そんな似とるか?」
兄弟でいる方が恋人っぽいと送ってきた人間と、今度は兄弟のようだと指摘されて、なんだか自分の中で信じていたものが揺らぐような、気持ちの悪い感情が渦巻く。その渦の中心に何があるのかを見つける前に、良が動画を先に進めた。
「気にしないでいいよ。昌也も色っぽいって話だし。それよりこの人、凄い雰囲気だね。お兄さん達と違って肌もほとんど出してないのに、なんだか……目を逸らせない感じ」
良が一時停止した場面には、一希の紹介が映っていて。彼が肌を出さない理由は兄から聞いているが、それをわざわざ良に話すのもどうかと思うので、ここは何も言わないでおく。実際に会うようなことがあれば、それとなく伝えておけば良い。兄が行動を共にするくらいなのだ。人間的にはなんの問題もないのだろう。
一希の写真はタバコを吸っている時のものであり、それを斜め前から撮る際に遠近法を利用して、ゲーム機が顔の部分を隠すように調整されている。一番映っている部分が多いのに、一番情報が少ないように感じられた。さすがだ。
それでも鍛えられた腕やそこから伸びた手の甲に視線を惹き付けるだけの魅力があり、良が言うように何故だが目が逸らせない、そんな魔力じみた脅威を感じる一枚だった。
画面上の備考欄こそシンプルだったが、それも彼の『口数が少ない』という特徴としっかりマッチしていて、『バリタチ』だとか『サディスティックな言動が目立つ』だとかは、この際見なかったことにしたいくらいだった。
「ヤバいな、この人……」
――犯されたくなる。
じんと腰が疼いたのは、どうか昌也だけであって欲しかった。隣に立つ良のことが見れない。彼もまた、この男の紹介文に目を奪われてしまっているのだから。
「次、動画の趣旨説明の前に……あー、あった」
マウスを持ったままの良の手の上から、そのままクリックして動画を進める。動画は兄達の紹介を終えて動画の趣旨を説明する場面――に入る前に、二秒程度のアイキャッチの画像が入った。
先程、とりあえず通しで動画を流した時には、このアイキャッチの文は読めなかった。今度はしっかりと止めて読む。なんだか、とてつもなくヤバい内容が書かれていたような気がしたからだ。
「これ……マジで腐女子歓喜でしょ……」
兄達が用意していたアイキャッチは二種類。二秒程の間表示されるこの画面に、各カップリングの妄想が捗りそうな“ネタ”が各項目に別れて記載されていた。具体的には兄から拓真に対しての【好きなところ】 と【相手のことをかっこいいなと思ったエピソード】 、【自分だけが知ってる相手のカワイイところ】が記載された画面が動画の趣旨説明の前に差し込まれていて、説明の終わりには一希から兄に対して同じ一問一答が記載された画像が入る。動画は討伐画面の時間表示が出たところで終了なので、この動画だけでは三人それぞれの相手への『設定』が全てわからないようになっているようだ。
昌也が先日兄にアドバイスした部分が、見事に取り入れられたアイキャッチだった。やはり本業として製品を売り込んでいる営業マンは発想が違う。画像だって文章の羅列になり気味な長文のバッグには、ぼやかして目立たなくはしているが、記載されている二人が指を絡めている写真が使われている。身長を敢えてプロフィールに記載せずに、こういうところで体格差を表現してくるとは恐ろしい。
「この動画だけ見たらまるで、兄貴がネコで二人から愛されてるみたいに見えるけど、次回の更新でまた違った面がみれるかも、って多分観たやつみんな思うよな?」
「うん、中毒性あるよ、この動画……とにかく、めちゃくちゃかっこいいもん」
結局のところ、そこが一番大きな部分といえるだろう。顔出しまではしていないが、この動画だけでも充分に兄達が魅力的なのは伝わる。動画のサムネでゴロゴロ見掛ける中途半端な『自称イケメン』とはレベルが違うことぐらい、一度観たらみんなわかるだろう。
この三人の武器は他にもある。まずは、その男らしい声だ。三人が三人共、聞き取りやすい話し方を徹底している。もちろん普段通りの所謂『関西人らしいトーク』や甘ったるい恋愛感情を滲ませる場面もあるが、その全てが聞き取りやすい話し方を意識していた。
これは普段の兄を知る昌也でなければ気付かないくらいに徹底された努力で、人前に出る仕事をしている兄が取引先からの電話で見せる『洗練された大人の男』の声であった。もちろん拓真もそうである。奔放な内面を薄っすら匂わせながら甘えるように誘うその声は、なんだか、こう……あー、あれだ。以前拓真本人が言っていた……
「これ、あれや……ちんこにクる動画や」
「すっごいワードだけど……確かに、言いたいことはわかるかも」
同意しながらごくりと生唾を呑む良。あまり下品過ぎるワードは好まないはずの良が、それでも同意せずにはいられない程の極上の“ネタ”だった。ちなみに発言者本人は以前、昌也のことを「ちんこにクる可愛さ」と嗤っていた。サイテーなクズ男。
「スナイパーの拓真さんの精密射撃もヤバいし、それ守りながら敵引き付ける兄貴のテクもヤバい。でも多分、一番ヤバいのは……」
「この『レイド』って人だよね。こんな空中コンボ、格ゲーでしか見たことないよ。これハンティングアクションゲームなのに」
何度も“調整”を重ねて行き付いた終着点なのだろうパーティー編制は、近接武器でどちらかというと盾<シールド>による守りを主体とした『ソード』を装備した兄、それに守られる形で後方から『スナイパーライフル』にて狙撃を担当する拓真、そして二人が作った隙に高火力を叩き込む近接武器の『スピア』を装備した一希というシンプルなもので、見るからに『支援役』や『全員で狙撃してみた☆』といった動画映え命のような編成ではなかった。だが、それはあくまで編成時点での話であって、ちゃんと兄達はこの短い動画にも『映え』をしっかりと用意していた。
口数少な目な最後の一人は、役割的にはスピアを装備した近接戦闘にて敵を削るアタッカーだ。同じく近接武器であるソードとは、攻撃力とガード不能の武器という点で差別化できており、敵の攻撃を防ぐ術がない分、攻撃力の設定は高めになっていた。また、武器の形状からリーチが長く、主に高い位置に弱点部位が出現するガイスト型にはとても有効な武器種となっている。
そんなスピアを一希は、空中にて『ずっと』振り回している。
いくら大型の危険なモンスターと戦うゲームの中のファンタジック世界が舞台だとしても、人間設定の操作キャラはもちろん重力に支配されている。それを一希はいかにも『ゲームらしい仕様』にて克服し、動画映えする空中コンボへと発展させていた。
『グルー、頼む』
ゾクリと心をそのまま掴まれるような、そんな低く魅惑的な声が指示を出し、一希の操作キャラが天高く飛び上がる攻撃モーションをとる。まるで本当に腰でも掴まれたかのように反応しそうになる身体が、悔しい。きっと隣で良もそう感じている。口元に手をやってモジモジしちゃって、そんなにネコ心に響くのか……なんか納得。
この動画の視点は一希の操作キャラのようで、カメラもキャラの背中を追って上空へと舞い上がる。そして空中攻撃のコンボをしっかりと当てて、硬直しながら落下――のタイミングでスナイパーの拓真の放つ『拡散弾』が敵にヒットしつつ、周囲を巻き込むその破片に一希のキャラが当たり、そこから更にカウンターを発動して再度空中コンボに入る、簡単に言えば無限ループに突入させていた。『ハンティングアクションゲーム』のくせにずっとモンスターを見下しているのが、なんだか彼にはよく似合っている気がする。動画を見ただけなのに、凄いキャラ付けの効果だ。ちなみにこのゲームでは、味方の攻撃では吹き飛ばされるだけでダメージは受けない。バグでもない仕様なので、タイムアタック的にも問題ないはずだ。
「こんな声に指示、されたいよね……」
少し赤らめた顔をして良がそう言うものだから、昌也はついつい「それってどっちの意味でやねん?」と意地悪く返してしまった。わかっているのだ、そう言いたくなる気持ちは。戦闘が終わり動画が終了した今だって、真っ暗になった画面を前に腰がゾクゾクと落ち着かない自分がいる。
「っ……そんなやらしい意味じゃないよ。昌也の意地悪」
ぷいっと顔を背けてしまった愛しい恋人の腰に手をまわしながら、昌也は「わかってるって」と微笑みながら愛を伝える。
とにかくこの動画はヤバい。それだけははっきりしている。
これに更に手を加えて、ちゃんと字幕とかもつけたらどうなるだろうか。そう昌也が考えている横で、良も同じことを考えていたのだろう。小さく言葉を零す。
「これ、いつアップする予定なの? 完全な状態の、もう一回しっかり観たい」
動画一本観ただけで、二人して虜になってしまっていた。それはあくまで動画内での兄達の『キャラ』にだが。実際の彼等のクズムーブを見たら、良は絶対幻滅する。
「……つーかこれ、『本番<タイムアタック>のクエスト』じゃないんやったな……これ、メイキングみたいな感覚で『本番』動画と一緒にあげたらええんちゃう?」
「それ、いいね! それだったら俺も、ちょっと閃いたかも」
「兄貴もなんでも意見欲しいって言ってたし、伝えるわ。何?」