このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

本編


 助手席から大きな背中が遠のいていく。あっと声を掛ける間もなく、ロンドの背中は営業車の扉を閉めて彼の家へと消えていく。パタンと丁寧に閉められた扉の音が、やけに切なくポルカには聞こえた。
「えーと、次は唯一の女子の家だな。道案内、してくれる?」
「……あ、はい。この道を突き当りまでは真っ直ぐ進んでください」
 精神的に頼り切ってしまっているロンドという存在がいなくなった車内は、ポルカにとってはまさに敵地のど真ん中で。
 幼少期からの仲であるポルカとロンドは、家こそ近くはなかったものの世間一般に言う『幼馴染』という存在だった。
 二人の出会いは何の変哲もない幼学校での出来事で、たまたま同じクラスで席が隣になっただけのものだった。ドラコニアンの学校では名簿は属性別になっていて、炎属性の後ろ側だったロンドの隣に氷属性の中間辺りだったポルカが当たったのだ。ちなみにジーグも同じクラスにいたらしいのだが、あまり目立たなかったのでこの時にはその存在を認識はしていなかった。さすがに本人には今でも言えていないが。
 ほぼ、一目惚れと言って良かった。炎属性のドラコニアンらしい燃えるような赤髪が、正義感の強い彼らしくてとても似合っていたから。ポルカよりも先に自己紹介を順番に従って終えたロンドの夢は、両親が誇れるような仕事に就きたいという素敵なものだった。
 緊張と照れが混じり合った落ち着かない空気に包まれた入学初日の一限目の自己紹介にて、ポルカは幼い自分の初恋を強烈に自覚していた。
 そのせいで後から行った自分の自己紹介がなんとも間抜けなものになってしまったのだが、青竜のくせに顔から炎が出るかと思う程に灼熱感を感じていたポルカが席に座ると、隣のロンドはにっと笑い「お花屋さん、ポルカちゃんならきっと素敵な店になるんだろうなー」と言ってくれたのだ。
 笑顔まで、ポルカの理想そのものだった。ドキドキと煩い心臓の音に耳を塞いでしまいたくなりながら、ポルカは「あ、ありがとう」とちゃんと聞こえたか不安になる震えた声でそう返事をすることしか出来なかった。汗が急に気になって、そうこうしていたら周りの視線も気になってきて、思わず上げそうになる声をぐっと堪えて自己紹介の時間を終えたのだった。
 なんともギクシャクした返事を返したというのに、ロンドはポルカの何がそんなに気に入ったのかはわからないが、それからずっと仲良く接してくれている。学校の時間はもちろん、登下校もお互いの家への分かれ道に差し掛かるまでずっと一緒に過ごすことが出来た。
 それは席替えによって二人の距離が物理的に離れてからも、進学によって男女別のグループに分かれたとしても、変わらずの距離感で共に時間を過ごせたのだ。幼馴染故の距離感か、それとも何か別の意味合いがあるのか……
 ポルカにはロンドの心は読めないが、少なくとも嫌われてはいないということだけはわかる。だから、どんな形でもずっと一緒にいたいから、ロンドがこの会社の面接を受けると言い出したその日、なんの躊躇いもなくポルカも面接を申し込んだのだ。
 ポルカの内に秘める想いなんて知る由もないロンドには、さぞかし滑稽に思えたことだろう。なにせポルカの将来の夢はお花屋さんだったのだから。
 ロンドが就職先を『格安メガフレアサービス』に絞ろうとしているということをポルカに打ち明けたのは、残り少ない学生生活最後の一か月を切った頃だった。
 ドラコニアンの学校は、『幼学校』と『成学校』の二種類しかない。幼いドラコニアンは全員幼学校へと通うのが決まりだが、その後に通うことになる成学校への進学率は全体の九割と言ったところだ。ちなみに『成』という字が示す通り、成学校を卒業するタイミングで成人年齢に達することになる。
 成学校を卒業後は皆就職をすることになるのだが、最近、ドラコニアンの里では歴史的な就職氷河期を迎えていた。
 そもそも広がることがない里内での仕事だ。いつかはあぶれる者が出てくるのは自然の摂理と言える。ましてや寿命の短い人間ならともかく、それなりに長寿を誇るドラコニアン達が住人なのだから尚更。
 なかなか空かない数少ない椅子を求めて、ポルカ達より年上の就職難民達が熾烈な争いに参加してくるのである。そんな『先輩』達相手に、ポルカ達が勝つのが難しいのは当たり前で。その理由は、ドラコニアンの魔力が年齢を重ねる程に強まる傾向があるからだ。
 ドラコニアンの仕事には、魔力を行使する仕事がほとんどだ。魔力を使用しない職種なんて、それこそポルカが夢見ていたお花屋さんや接客業くらいだろうか。専門的な仕事――『何か』を作る・造るという作業を行う時、人間ならば機械や手作業で行う作業を、ドラコニアンは己の魔力で生み出すのだ。
 古から生きる年配のドラコニアン達は、そういった違いを『魔力が高いからこそのドラコニアンの誇り』だと思っているようだが、ポルカ達の世代になるとそれとは逆で、『大陸の覇者たる人間達との技術力の違い』だと解釈している者がほとんどである。
 確かに魔力の才能というものは、生まれ持った資質に左右されやすい。血統を重視して婚姻するドラコニアンの風習が、何よりもそれを物語っているし、それはこの世に存在する種族全てに共通することである。だが、生まれ持つ資質、この違いこそあれど、その後の魔力の増幅にはドラコニアンにはある一定の曲線が当て嵌まるのだ。
 スタート地点こそ違いはあるが、軒並み同じ曲線を描いて増幅されるならば、年齢が上のドラコニアンを雇った方が、経営者としてはメリットがある。すぐに老いてしまう人間ならまだしも、長寿のドラコニアンにはなかなか年齢による退職という問題もこない。
 この曲線が何故存在しているのか、里の研究者達の研究課題となって久しいが、まだ理由は解明されていない。魔力の成熟度に個人差がないなど、人間にはないドラコニアンだけの特性のようで、一説には『強過ぎるドラゴンの血が覚醒し過ぎないように、身体が身を守るためにリミッターをかけている』とも言われている。
 他には「神が人間とドラコニアンの力関係を悪戯に揺るがさないために仕組んだ」だとか、「子が親を越えることが出来ぬように」というなんとも心がモヤモヤすることを言い出す者も少なからずいた。
 とにかく、どの節が真実だろうと、この成長曲線を覆すことはどんなドラコニアンにも出来ないだろう。少なくともポルカには絶対出来ないだろうし、するつもりもない。皆が一律に、なんてとっても甘美な響きではないか。皆一着、一等賞なら誰も傷付かないし泣かないのだから。
 だが、就職活動において、その『一律』はポルカに対して牙を剝いた。
 勉強は得意というよりむしろ苦手で、スポーツもあんまり。取柄と言えば人当たりの良さくらいだが、それだって抜きん出て優れているわけではない。友人達からそこだけ褒められるだけで、それが決して『本心からの絶賛』でないことくらい、頭は悪い方のポルカでもわかっていた。
 学生生活の間でポルカが周囲から投げかけられた言葉と言えば、「優しい」「穏やか」「大人しい」「可愛らしい」のセットのローテーション。グルグルグルグル同じ言葉達を、色々な口から言われ続けて、それが当たり障りのないフォローの言葉であったことが、社会という荒波に漕ぎ出す以前に躓くことで気付かされてしまったのだ。
「この道は右に……はい。それから左に曲がってもらって……この先が私の家です」
 愛しい存在が降りた車内には、それ以前から会話はなかった。最初こそ助手席に座るロンドが気を利かせて先輩を立てつつ話題を引き出そうと努力したようなのだが、なんだかその相手をしている先輩の受け答えがどうにもちぐはぐだとポルカには感じられたのだ。噛み合っていないように思ったのは頭の悪い自覚のあるポルカだけだったら良かったのだが、前に座るロンドの横顔も怪訝そうに歪められていたので間違いない。
 車に乗り込んだ時からガルディアの視線はちらちらとミラー越しに感じていたので、ポルカは敢えて隣のジーグの表情は確認しなかった。もとより彼だって秀才ではないし、そもそも他人の気持ちを考えた言動を取れるとは到底思えないので問題ないはずだ。
 道筋を教えるポルカの声だけが響き、それにガルディアが短く相槌を打ってハンドルを切る。そして車はついに、ポルカの家の前に到着した。
「ありがとうございます。それじゃ、私も用意をしてきます。ロンドと同じで、準備が終わったら迎えに来てくれる。それで良いですよね?」
 ロンドが家に入るまでは『いや、順番に行こう。待っている間に少しでも親睦を深められると嬉しいからね』なんて言っていたのに、ガルディアはロンドが玄関の扉を閉めたのを確認すると、さっさと車を発進させてしまった。
 ガルディア曰く、『よく考えたら社会人というのは時間効率こそ最優先しないといけないんだ。だから先にポルカちゃんの家に向かおう』とのことだった。だが――
「いやいや、せっかくの可愛い女の子に重い荷物を持たせるわけにはいかないからね。先輩である俺にも手伝わせて欲しいな」
 お世辞にも好意的には取れない表情で、初めて出来た職場の先輩はそう申し出て来たのだった。
4/7ページ
スキ