第1章
酷く懐かしい匂いに目を覚ますと、サクの目の前にはロックとレイルが座っていた。ベッドに座りながらカレーを食べているようだ。
「……お? お目覚めか。あまり……体調は落ち着かねえみたいだな?」
目を覚ましたサクに気付いたロックが、額に手を当て熱を確かめてくる。それを軽く拒否すると、彼は「冷たーい」と大袈裟に傷付いたふりをした。
「……なかなか落ち着かないな。すまない。お前らにも迷惑を掛ける」
「それは構わねえよ。私らだって任務だからな。どうだ? 食うか? ロックが作ったカレーだから辛いけど」
レイルがよそってあったカレーの皿をぐいと突き出してきたので、サクも礼を言って受け取る。酷く懐かしく感じたのは、この匂いか。南部特有の香辛料の香りがする。
「いただきます」
サクは礼儀正しく手を合わせ、そしてスプーンで無心にカレーを食べ始めた。あまりにサクが無言のため、レイルが心配そうに声を掛けてくる。
「……辛くない、のか?」
「ああ。南部の香辛料は久しぶりでな。美味いよ。いい腕だ」
「そりゃどーも」
ロックお手製のカレーは、この船の簡素なキッチンで作ったとは思えない程の腕前だった。柔らかく煮込まれた鶏肉に、辛いだけではなく深い味わいを隠したルー。ここには南部特産の香辛料達が、絶妙の配合で溶かし込まれている。市販品とは違う、彼独自の配合だろう。
その証拠に、腕を褒められたロックが、彼にしては珍しく本心からの笑みを浮かべている。普段のニヤついた笑みとは違う、ロックのこんな顔はきっと、サクにはもう見れないかもしれない。
「どうした?」
見詰めていたのが気付かれたのか、ロックの金色の瞳がこちらを向いた。そこらの女性よりもよっぽど扇情的な瞳が、すっと細められる。
「いや、お前のそんな顔はもう、見れないかと思っただけだ」
「……」
心を見透かすような瞳に誘われるように本心を告げたサクに、ロックはするりと近寄ると、そのままの流れで額にキスを落してきた。男にしては細いその腕が、やけに色っぽい。
「……な、なんだ?」
「可愛いこと言うからつい。あんなに熱心に見詰めちゃって……リーダーってば、僕に惚れちゃった?」
「ロック、抜け駆けは無しだって言ってんだろうが」
レイルからの抗議のスプーンが飛んできて、ロックはそれを危なげなく受け止め、彼女に放り返す。ロックもテーブルに置き去りにしてしまったカレーに手を伸ばして、食事を再開した。
「あーくそ、辛い……」
戻って来たスプーンでちびちび食べるレイルを見て、サクだけでなくロックも大笑い。どうやら彼女は甘党らしい。先程も持っていたジュースの瓶が、尋常じゃないペースで減っている。
「で? リーダーはどっちと寝たい?」
ひとしきり笑ってから、ロックが話を戻した。といっても、サクからしたら戻して欲しい話題というわけでもなかったのだが。
「……それは、どういう意味でだ?」
「やーだー、リーダーってばえっちー」
冷やかすようなロックの声を無視して、サクはレイルから食べ残しのカレーを受け取る。彼女は無言でロックの尻を蹴り上げ、そして食べきれない残飯をも彼にぶん投げようとしていた。
「痛って……悪かったって。でもリーダーは満足なんだから良かっただろ? あ、そうそう。どっちの意味って? そりゃ、今夜の意味でもあるし、どっちに惚れた? って意味でもある」
「……」
「おいロック、リーダーが固まっちまった。もっと言葉選べよ」
「お堅いってだけじゃないみたいだったから、これでも良いかと思ったんだけどなー。僕の勘違いだったかな?」
「お前はいつも勘違い野郎の相手ばっかしてるからな……」
「おいおい、今はいないルークのバカの悪口はよくねえって」
内輪ネタで笑い始めた二人に、サクがどうしたものかと考えていると、二人はすぐにその空気に気付いて謝って来た。謝る部分がおかしいと思うのは、口に出さないことにした。
「悪い悪い。リーダーは私とロック、どっちと寝たいのかなって。それはもちろん恋愛的な意味でもあるし、休息時間の意味でもある」
「……? 休息時間?」
予想外の言葉に聞き返すサクに、目の前のレイルの顔がにやりと、悪く笑った。
「同室に選ばれない一人が、今夜の寝ずの見張りってことで」