第六章 過去
エントランスに口を開けたエレベーター乗り場に、レイルは少し躊躇してから飛び降りた。乗り場から少々の段差を残して停止したエレベーター――どうやら老朽化により昇降位置が下にズレてしまったようだ――に降り立ったレイルに、エントランスと同じカーペットが敷かれた床はミシリと不吉な音を鳴らす。
「……」
レイルは轟音を立てて動き出したエレベーターの上で、なんとなく自分の腰周りを確認。
――太ってはねぇはずだ。
一瞬、リーダーの体を思い出す。だが重さの比較よりも邪な想像が掻き立てられたので、すぐに考えるのを止めた。
今は任務中で、刻印のこともある。むやみやたらと興奮するのは、この国を出てからでも遅くはないはずだ。
微妙な浮遊感を与えるエレベーターが、これまた轟音と共に目的地に到着した。
レイルはゆっくりと金網に降りる。自然と、足音を消している自分に気付いた。
原因は目の前の男の背中から感じる威圧感だ。光輝く剣を掲げ、一心に聖なる呪文を唱えている。聞く者を魅了するその美しい低音は、人間と言うよりは天使に近いと思えた。
レイルはリチャードに音も無く近付く。警戒心よりも、邪魔をしたくなかった。彼の美しい声を止めることは、犯してはならない罪のようだったから。
彼の後ろで思わず跪いたところで、リチャードがこちらを振り向いた。
「……何してる?」
「光将様、おもてなしの準備が出来ました」
真面目な台詞を笑いながら言うと、リチャードは明らかに不快な表情をして、レイルが手に持ったままの容器に目をやった。
「ハーブティーです。毒は入っていませんよ」
「……だろうな」
リチャードは溜め息を一つついてから、光を失った剣を鞘に戻した。そのまま容器を受け取り、口につける。レイルは、彼のゆっくりと動く喉の動きを目に入れないようにする。
熱くなる欲望を抑える為に何か違うことを考えようとして、もう片方の手に握り締めていたお使いの品を思い出した。リチャードがハーブティーを飲み終えた。
「地元の茶葉を使った高級品だな。どこでこれを?」
「普通にここに置いてあったぜ?」
「そうか。ここにも良し悪しのわかる奴がいたとはな……」
リチャードの言葉にレイルは特に反応せずに、片手をリチャードに差し出した。開いた手の平の上には、ロックから預かったピアス型の無線がある。
「……これは?」
「仲間からのお使い。専用回線がもうセットされてるから、私らには聞こえない」
つけろ、と目で訴えると、リチャードも釈然としない表情で耳にあてた。
レイルはつまらないので、彼から少し離れて金網の上にどかっと座り込む。この距離なら確実にロックの声は聞こえない。
リチャードの声が聞こえるのは仕方がない。あのロックが、リチャードの返答だけでこちらに話題を悟らせるなんて、そんなヘマはするはずがなかった。