第六章 過去
幾月もの時間を高速で飛び越え、場面は先程の船室に戻っていた。
何度目かはわからないが、充分愉しんだ、といった表情のロックが、彼の上で抱かれている。彼は壁にもたれてベッドに座っていた。
二人とも一糸纏わぬ姿だが、下半身を包むシーツによりいかがわしさは半減――いや、彼らのよく締まった肉体は、美術品とすら思わせた。
『息子はぶっ飛んでいても、親ってのは子供を守りたいらしい。親の金で監獄から出た俺は、親の元には帰らずに、特務部隊の支部に転がり込んだ。そこは頭がいかれた野郎が行く場所だと監獄では噂になっていた。親にばかり迷惑は掛けられないと思った俺は、そこでしばらく世話になった』
ヤートの目の前で、ロックの髪を撫でる彼の瞳はとても優しく、『親にばかり迷惑は掛けられない』と言った彼の本心に直結しているような気がした。
彼の手がシーツの中に消える。するとロックの身体がビクリと震えた。彼の首元に頬を擦り付け、甘い声を小さく上げる。
『そこからはいろいろあって、特務部隊の中でも特に危ない連中が集まる部隊に配属された。これがフェンリルだった』
興奮が高まり身をよじるロックをしっかりと抱き締めたまま、彼はにっこりと笑う。その瞳には、優しさの奥に隠していたサディスティックな光が宿り、その口が「愛してる」と囁いた。
ロックも息を荒げながら、「僕も、愛してる」と必死に返す。金色の瞳にうっすら涙を湛えたその顔は、そこらの女性よりよっぽど扇情的だった。
『最初は、怖かったんだ』
激しさを増す息遣いの上に被さるように、冷静な彼の声が言った。冷静――違う。これは自嘲の声だ。
『金持ち生まれの俺に、スラムでの“生きるか死ぬか”を潜り抜けてきた奴らの気持ちはわからない。同情や哀れみはあるが、理解は出来なかった。そんな奴らと行動を共にして、甘い自分は殺されやしないかと心配すらした』
ロックの体がぐったりと彼に寄り掛かる。彼はその細い身体を抱き締める。
「ルーク……」
「……なんだよ?」
「僕って、お前のこと嫌いに見える?」
「……知らない奴らから見たらそうなんじゃねえの?」
ロックの問いにぶっきらぼうに答える彼。そんな彼にロックは微笑み、首に両腕を絡めて抱き締めた。
「こんなに愛し合ってるんだぜ?」
「ロック……お前、酔ってる?」
「お前に」
「冗談じゃなくて」
「んー……だってお前、寂しそうだったから。最初は犯してやろうかと思ったけど、お前が望むのは『受け入れる』ことだって、わかったから」
ロックの瞳が、動揺に揺れる彼の瞳を覗き込む。
『ロックの野郎は、最初はいけ好かない奴だと思ってた。軽いし、酷い遊び人だ。男だろうが女だろうが、犯してから殺したがる……でも、そんな奴が俺のことは受け入れてくれるんだ』
情熱的なキスを挟んで、二人はそのままベッドに倒れ込む。
「お前は仲間外れなんかじゃねえよ。最初から、勝手に壁作るなよ」
『ロックの言葉でわかったんだ。あいつがいつも俺を受け入れてくれる理由が』
暗闇に戻る視界のなか、彼の声は少し震えていた。
『特務部隊に入った時からそうだった。俺はいつも「周りの連中は自分とは違う」と、他人を寄せ付けようとしていなかった。それは幼い頃から感じていた性対象での疎外感と同じだった。フェンリルにも俺は「こいつらは根本からおかしい猟奇殺人犯だ」と、壁を作ってしまっていた。相手を理解出来ないんじゃない。理解しようとしていなかったんだ』
「それは……どんな人間にも当て嵌まることだ。君だけじゃない」
ヤートは、自分に言い聞かせるように呟いた。彼の言葉は、自分がフェンリルに感じていた思いと同じだったからだ。
『一緒に生活し、気が向いたらメンバーとイチャついて、同じ殺しの現場を共有した。“仲間”と言う言葉が一番合う、最高の場所。それが“フェンリル”になった。なのに――』
暗闇に亀裂が走り、そこに自分の姿が映った。
『リーダー達は捕虜を仲間にするとか言い出した。俺は納得いかなかった。あんな普通の人間を入れてはいけないと、リーダーに言おうとして……自分の愚かさに気付いた』
そこで彼の声は一息ついた。一瞬の微妙な間の後、言葉を続ける。
『仲間も昔、自分を受け入れてくれたのに、どうして自分は新しい人間を受け入れられないのか、と。そう思い至った俺は、あの人を受け入れることを認めた』
すぐに景色は暗闇に戻り、急に遠くなる意識のなか、ヤートは彼の最後の言葉を聞いた。
『……それでも、あの人が受け入れても変わらないようなら、俺は容赦なくあの人を撃ち殺すだろう』