第六章 過去


 食料庫――と言うには小さい――から年代物らしきハーブティーを取り出したレイルは、ルークが持ち歩いている水筒のお湯で簡単に用意をしていた。
「良い色してるな。それに香りも良い」
 銃の手入れを終えたルークが、こちらに近付きながら満足そうに笑う。
 その明るい表情にレイルもにっこり笑い返す。簡素な使い捨て容器に入ったハーブティーは、薄い色合いながらも優しい香りを辺りに振り撒いていた。
「物騒な男共には勿体ないし似合わないぜ。だからこれだけ残ってたんだろうが……」
「レイルー。俺も飲みたい」
「ああ。良いぜ……あ、容器切らしてるな」
 レイルは片手に持っていた煎れたての容器を足元に置き――行儀が悪いのはわかっているが、胡坐をかきながらハーブティーを淹れていた――、もう一個の最後の容器に注ぐ。お湯を注がれたその容器の底で茶葉がくるくると回転し、すぐに優しい香りが立ち込めた。
 それを受け取ったルークは半分程をぐいと飲み、感嘆の声を上げる。
「マジで美味い! 上品! レイルも飲んでみなって」
 あまりに幸せそうに容器を返してくるので、レイルも残りに口をつける。
 確かに口に含む前から香りを楽しめる。もっとしっかりとした席で楽しみたかった、と内心溜め息をつきながら、ゆっくりと飲み込む。一瞬味を楽しむ為に細めた目の隅で、ルークが生唾を飲み込むのが見えた。
「確かに美味いな」
「だろ? 多分この地方独特の温暖な気候が茶の甘みを出すんだろうな」
「えらく詳しくね?」
「これでも金持ち生まれだから!」
「……お茶なんて楽しんだこともねーよ」
 ニコニコ笑うルークに呆れてしまって、ついレイルは素っ気ない返事をしてしまった。瞬く間に微妙な空気が流れて、レイルは頭を抱えたくなった。
――ルークの気持ちぐらいわかってんのに、自分の馬鹿野郎。
「……ルーク」
「今度皆でお茶会しようぜ!!」
「……は?」
 いたたまれなくなって声を掛けたレイルに、ルークはいつもと同じ明るい口調でそう提案してきた。言葉の意味を飲み込むのに時間が掛かる。
「だからお茶会! 俺、けっこう色んな種類知ってるから、皆でいろいろ楽しもう」
「……でも、よ」
 言い淀みながらレイルは手に持っていた空の容器を足元に置いた。
……時間稼ぎにもならない。
「大丈夫! マナーとか楽しみ方とか全部教える! ……皆が知らないこと、教えたいんだよ! 皆で楽しみたいんだ!」
 ルークの熱い視線が、困惑するレイルに突き刺さる。その中にこちらを探るような光を見付けて、レイルは思わずルークを抱き締めた。
 ほとんど押し倒すように飛び付いた自分を、ルークは驚きながらも抱き締め返してくれた。自分でも驚いていた。
――私は逃げていた。
 “生粋の殺人鬼”を怖がっていた彼のように、自分も“普通に生きること”を怖がっていた。そうはっきり自覚して、レイルは罪悪感を掻き消すように彼の胸に顔を埋める。
「やろう。お茶会」
「うん」
 そう言って頷き合う二人に、無線越しにロックとクリスの声が聞こえた。
 ちなみにフェンリルのメンバーは、任務中は宿以外では常に無線のスイッチをオンのままにしている。プライバシーもへったくれもないが、常に危険と隣り合わせな世界に生きているからこそ、お互いの状況は常に把握し合う必要があった。
 会話も終わってレイルはルークから離れて、ハーブティーがなみなみと注がれた容器を手に取る。ルークが立ち上がり、ロックは地上に降りてきた。
 レイルも二人に並ぶように立つ。中庭の入口からクリスが歩いてくるのが見えた。





 レイルに外套を渡しながら、クリスがさっそく本題に入った。
「どうしたんだ?」
「リーダー、あれを見てくれ」
 ロックが不満そうな顔をしながら塔の上部を指差した。
「えっ!?」
「なんで移動してんだ!?」
 ルークとレイルは同時に驚いた声を上げる。それも無理はない。ヤートの身体が塔の上部まで上がっていたからだ。
「……おそらく浄化が原因だ。彼の精神は今、塔の悪意に繋がっている。浄化により悪意が上に逃げれば、そこに捕われた彼も肉体ごと上に上がる」
「なるほどなー」
 クリスの見解に、レイルも納得したように頷く。
「確かに根本、色無くなってきたよな」
 ロックの指摘に、ルークは初めて塔の変化に気付いた。塔の根本から少し上までが、グラデーションのように透明になっていた。自分達の背後で変わっていたのに、全く気付かなかった。
「浄化が順調ということだ。レイル、光将にお茶を。その外套で顔を隠せ」
「了解リーダー」
 そう返事をしてレイルはエントランスに向かった。彼女の背中が中庭の扉の向こうに消える頃、ロックが口を開いた。
「しばらく無線の専用回線使って良い?」
「え? なんでだ?」
 突然訳のわからないことを言い出すロックに、ルークは説明を求めた。
 なのに――
「良いぞ。レイル、聞いてたか?」
『おう。了解』
 あっさりしたリーダーの承諾により、レイルも特に反論無く了解した。
 代わりに説明を求める視線をクリスに送ったが、彼は何もかもわかったような顔をしただけだった。
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