第六章 過去
昼過ぎになって、クリスが帰って来た。
「これからここに光将が来る。俺が対応するが、一応相手はお客様だ。右の廊下の突き当たりに備蓄品があった。そこからお茶でも出してやれ」
「了解リーダー」
レイルに指示を飛ばした彼は、中庭に置いておいたままにしていた、自分の刀に向かった。彼は刀を手に取ると、安心したように腰に差す。
「光将、すぐ来る?」
ルークの問いに、クリスは一瞬考えてから言った。
「すぐに来るだろうな。あの凄腕が、俺達を長時間放置するとは思えない」
「戦いの準備は?」
「今すぐでなくて構わない。だが、ウォーミングアップは済ませておけよ? 光将も、夜までは事を起こすようなことはないだろう」
「了解」
リーダーの言葉に納得したルークは、もう一度銃の点検を開始した。やれる時にやれるだけのことはしておきたい。
「俺は門で待つ。夜までは大人しくしとけ」
クリスはそう言い残すと、足早に中庭を後にした。残された三人の内、ルークは既に自分の作業に入っている。
「おい、ロック! 身体動かしたいから相手してくれよ?」
暇を持て余したのか、レイルが挑発的に言った。ロックもその言葉にニヤリと笑う。
「良いけど、僕が勝ったら命令一個、絶対服従な?」
「良いぜ。私もそのペナルティーで」
「素手か?」
「もちろん。で、望みは?」
「ここで白いのぶちまける」
「てめぇは鮮血ぶちまけてるのがお似合いだぜ?」
二人はルークから少し離れた。中庭のやや門寄りの広いスペースで、距離を置いて対峙する。ルークは、のんびり銃を手入れしながら観戦することにした。
穏やかな風が吹くなか、この空間だけ、空気が変わった。冷たい殺気めいた空気が、二人から流れる。まるで肉食動物に一睨みされたような、独特な寒気だ。仲間に向ける敵意ではないオーラを放つ二人に、ルークは欠伸を噛み殺す。
いきなりレイルが動いた。小さな稲光が両足から放たれ、爆発的に加速した彼女はロックが防御に入る前に、そのがら空きの腹に正拳をねじ込んだ。ロックの小さなうめき声に、彼女の口元に笑みが浮かぶ。そのまま勢いを付けた蹴りを、流れるように彼の頭に叩き込む。激しい打撃音が響いて、ロックの頭が揺れる。
痛そー、とルークは思わず苦い顔をしてしまったが、強烈な攻撃を喰らったはずのロックは、倒れない。
彼は腕で素早くガードしていた。腕がすぐに動かないところを見ると、かなりのダメージがガード越しにもあったのだろう。彼はそれでもレイルに鋭い眼光を飛ばすと、接触していた彼女の足を手で払い、バランスを崩した彼女に数発殴り掛かる。
高速の反撃に、レイルも躱し損ねて一発を腹に喰らう。更に連打を浴びせるロックに、レイルは飛び退いた。慌てて引いたおかげで、彼女の美しい顔は傷付かなかった。
相手に避ける技術があるからと、ロックは手加減無しに急所を狙っているようだ。自分には女の顔を狙うようなことは出来ない。
「相変わらずウゼェな! スナイパーなんて辞めたらどうだ?」
「てめぇこそ、刃物持たなくても充分人殺せるだろうが!」
二人共、息を整えながら話す。こんなものはいつものじゃれあいの範囲。今は治療が出来ないのはお互いに理解している為、普段よりも大人しいぐらいだ。
今度はロックから攻める。レイルに一発殴り掛かってから、いきなり跳び蹴りを放つ。腹のダメージでレイルは回避が遅れた。
なんとか転がるように回避するが、完全に無防備だ。ロックはレイルの首に腕を回して、「ぶちまけてぇ」と言いながら満足そうに身体を離した。
「ちくしょー」
レイルが悪態をつきながら起き上がった。しかしその表情は、どことなく期待に満ちている。
「マゾヒストが」
ルークはそんな彼女の表情に思わずぼやいた。ニヤリと笑う彼女にロックは近づき――
「ドMにお使い頼むわ。今日はお仕置きは無し。これを光将に渡して来てくれ」
にこやかに笑うロックに、レイルはぽかんとした表情をする。そんな彼女は無視して、ロックはその手にお使いの物を手渡した。レイルは自分の手に収められた物をいぶかしげに見詰め、渋々頷いた。
『光将が来た。空気を乱すなよ。相手に不信感を持たせるな』
いきなりクリスの緊張した声が無線に入ってきた。すぐに馬鹿なやり取りは止め、三人共顔を見合わせて頷く。
ルークは銃の手入れに戻り、レイルはお茶の準備をしに歩き出し、ロックは塔の見張りをする為に重力場を展開した。ゆっくりと塔に昇って行く彼の顔に、うっすらと笑みが浮かんでいるのを、ルークは見た気がした。