第六章 過去


 例によって例の如く、ヤートは光の中で目を覚ました。
『お疲れ様。後半分だね』
 ナオの楽しそうな声が響いた。
 ロックの記憶はごく最近――R2へ向かう前日のものだった。確かに、ヤートの処分を巡る本心に、一番近いのかもしれない。意識が途切れる前に感じた、あの暖かい気配が本当ならば。
「次は誰だ?」
『それは、行ってみてからのお楽しみだよ』
 ナオの声に導かれるようにして、ヤートは再び意識を失った。





 無事に魔法陣によって建物の外に出たクリスは、その場で無線を使って仲間に連絡を取った。夜には荒れるであろうという意味の言葉を、傍受を覚悟で伝えた。仲間達の戦いへの興奮が無線越しにも伝わり、クリスの表情も思わず綻ぶ。
 そんな矢先、クリスは声を掛けられた。声の主は知っている人間で、てっきり軍の兵士を予想していたクリスは一瞬目を丸くした。
「わざわざこんな所までご足労を……ありがとうございます」
 手を差し出しながら近付いて来たアレグロに、クリスもその手を握り返しながら微笑む。
 漆黒のコートに身を包み、サングラスを手放さない彼は、いつ見ても暑苦しい。先程まで空軍の無線の傍受の可能性を心配していたが、彼がこうして自分の前に姿を現したので杞憂に終わったのだ、と安心した。
 普段は裏方に徹する、決して慢心しない科学者。デザートローズに所属しながら、顔見知りであるクリスの為に、昨夜は猿芝居を演じてもらった。綱渡りを演じた彼が、危険がある状態でこんな場所に出て来るはずがない。
「もう気付いていると思うが、ここの区画だけセキュリティを外してもらっている」
「こちらこそ。ご協力、感謝する。もちろんそれは……」
「極秘に、だがな。ヤート君は元気か?」
「……一応は生きている。塔と融合してしまっているが」
「塔に取り込まれたのか?」
 驚いたように大袈裟に言うアレグロに、クリスは普段通りの無表情で答えた。
「ああ。今夜にはその塔はぶっ壊れる算段です」
「……ゼウス計画のコアを持つからこその現象だな。普通の人間ならばコピーされるだけに留まる」
「光将にあの塔の浄化を頼んできた」
「なるほどな。悪意の無くなった塔に、人の精神を包括する力は無くなる」
「上手く光将を焚きつけた。今夜の騒ぎに乗じて俺達は逃亡」
「こちらは軍に知られることなくゼウスのコア情報を手に入れた」
 二人してニヤリと笑い合う。入口の噴水広場に向かって歩きながら話していたが、いつの間にかすぐそこまでのところに来ていた。クリスは片手を上げ、「ここまでで良い」と言って帰ろうとする。
「お前は……いつも己のことは後回しだ」
 アレグロが黒いコートのポケットから、小さな情報端末と弾丸を取り出した。
「もしもゼウスのコアを失った場合……こいつで本部は納得するはずだ」
「……これは?」
「ゼウスのコア情報のバックアップだ。そしてその弾丸は、お守り代わりのおまけみたいなものだ」
 小声でそう話すアレグロの表情は、サングラスのせいで上手く読み取れない。
「良いのか?」
 疑いながら聞くクリスに、アレグロの口元が再び綻んだ。
「俺は、戦争にはどちらかというと反対派でね。今ここでゼウス計画によってこの国だけが強大になるのは困るんだ」
「デザートローズには本部が拮抗、もしくは抑え付けて貰わないといけないということか」
「ああ。同じだけの力を持った敵対国が無ければ、作品を試す相手が居なくなるからな。過激派のガリアノは死んだが、リッチ坊やもかなりのキレ者だ。ある程度は手を回しておかなくてはな……」
 そこまで言うとアレグロは、くるりとこちらに背を向けた。もう話は終わったという態度が、実に彼らしい。噴水広場は目の前で、まばらに市民達が談笑している。
「わかった。恩に着る」
 クリスは礼を言って、端末と弾丸をポケットにしまった。そしてそのまま振り返らずに、空軍基地を後にした。
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