第四章 砂漠の薔薇
エントランスで二階への階段を駆け上がったロックは、迷わず左の扉を開けた。
ルークが進んだルートの真上。その空間からは、濃厚な死の香りが漂っていたからだ。
丸みを帯びた高い天井には、星達が煌めく夜空が映し出されている。映像として浮かび上がった景色が、そのまま照明として利用されているようだった。
目の前の赤いカーペットの上を、挑発的な衣装に身を包んだ女が歩いてくる。
ピッタリとした身体のラインが出る露出度の高い黒のドレスが、大きな胸と尻の形を強調している。その大きく開いた胸元からは、大胆にも紺の下着のレースが覗いていた。アクセントのように赤く光るハートのモチーフのイヤリングの横で、漆黒のロングヘアーがまるで衣装の一部のようになまめかしく流れている。
女性としては高めの身長で、黒のハイヒールのせいもあるだろうが、どことなく女王様チックだ。
「貴方、ロックね?」
赤く塗られたルージュが、話す度に男の欲望を刺激する。
「そうだよねーちゃん。誘ってんのか?」
「情報通り、ほんとイイ男ね。レイルみたいな女には勿体ないわ」
口元を手で隠しながら彼女は笑ったが、ロックにはそれが舌なめずりに見えた。赤く塗られた長い爪が目を引く。
「あんた……どっちかってーと縛られるタイプより縛るタイプだよな?」
「ふふ……カレンよ、ボク。貴方もしっかり虐めてあげるわ」
カレンはそう言うと長い足をドレスから露出する。深いスリットが入っており、下着まで見えそうになる。太股に巻いたベルトから長い鞭を取り出した。
「年上の女の色気はたまんねーなぁ」
ロックがニヤつきながら言うと、カレンは鞭を音を鳴らしながら構える。
「ワタシも……若くて好戦的な男って好きよ。虐め甲斐があるもの」
カレンが先に仕掛けて来た。
長い鞭を振り、ロックの足元を狙ってくる。それほど近くはない距離だったが、相手は移動していない。ロックはすぐさま後ろに跳ぶが、鞭はスピードを落とさずに真っ直ぐロックを追ってくる。
この異常な動きはおそらく、魔力による制御が行われているからだ。しなる訳でもなく、最大の威力でロックを追ってくる。
「ウザい武器だな。早くお仕置きしてやんねーと」
ロックは避けながらライフルを発砲。適当に弾をばらまきながら接近を試みる。ライフル弾で微かに怯む動きはあったが、向こうも全て避けていた。
あちゃーと心の中で項垂れながら、再び襲い来る鞭を避ける。見た限りトゲトゲばかりのこの鞭には捕まりたくないし、レーザーキャノンを発砲すれば建物ごと壊れるだろうし、重力場を生み出すには立ち止まっての精神集中が必要だ。
「あら、フェンリルのスナイパーもこういう状況には弱いのね」
カレンの言葉に、ロック自身も呆れながら返す。
「まぁな。ちょっと悪い条件が重なっててな、今はあんたを消灰に出来ねぇんだわ」
「事前の情報の差よ」
「情報?」
攻撃の手は止めずにカレンは話し出した。
「ワタシ達は対フェンリル戦の為だけに育成・編成された部隊なの。今までの貴方達の戦歴を調べられる限り調べ上げ、それに対抗する為の戦略・能力を手に入れた。例えば貴方達のリーダーであるクリスなら、集団戦に見せ掛けた狙撃や精神攻撃。貴方の場合は建物を盾にしての中距離戦。何をするにしてもタイムロスが生じるのが貴方の欠点みたいだから」
「……よく調べてらっしゃる」
カレンの言う通りだった。フェンリル最大の攻撃力を持つ自分だが、しっかりとした狙いを付けなければならない銃器が主なので、距離を取って攻撃を続けられると手が出せなくなるのだ。
「それでも貴方の能力は素晴らしいわね。こちらから説明しなくても建物の耐久を計算して銃器の使用を諦めた。更にワタシの攻撃も全て避けるなんて」
「スピードならレイルの方が断然早い」
そう言ったロックの瞳が爛々と輝く。金色の瞳に欲望だけが色濃く映る。その異様な圧力に、カレンの動きが一瞬止まる。
ロックはカレン目掛けて一直線に駆け出した。カレンもすぐに反応し鞭で襲い掛かるが、ロックは最小限の動きでそれをかい潜っていく。
「フェンリル最速の女に、僕は打ち合って勝てるんだ。この意味、わかるよな?」
「そんな! ワタシが貴方にスピード負けするなんて!?」
カレンの目の前に踊り出たロックは、レーザーキャノンから分離させた剣で彼女の鞭を腕ごと切り落とした。流血のショックで震えながら悲鳴を上げるカレンの腹を蹴ってカーペットに押し倒す。
「お仕置きが必要だってさっき言ったよなぁ」
笑みを浮かべるロックに、カレンは震える唇で掠れた声を出した。
「……な、なんで?」
雪のように白い腕から流れる血が、最高に甘美な誘惑となっていることを彼女は知らないのだろう。
彼女――いや、敵はフェンリルの表面上しか知らない。
「なんでお前の攻撃を避けれたかって? よく考えろ。僕の本業はスナイパー……敵の呼吸を読んで次の動作を先読みするくらい簡単だ」
「……で、も……っ!?」
苦痛に歪む美女の頬を軽く撫でる。
「強い敵の呼吸を読むのには少し時間が掛かる。あんたが話している間に、僕はあんたの呼吸を読んでた」
ロックはそう言いながら、カレンのドレスの胸元に手をかける。
「ふふ……やっ、ぱりイイおと、こね」
「あんたみたいな美人に言われたら嬉しいよ。そんな君に、苦痛と快感のプレゼントだ」
「……レイルより、イイで、しょ?」
「……は?」
ロックはカレンの腰までいっていた手を止めた。カレンを冷たい目で凝視する。
彼女は目を瞑っていてロックの表情の変化に気付いていない。流れ出る大量の血により、意識が朦朧としているのだろう。
「情報で見れば……ワタシの方が、イイ……女よ」
カレンがそこまで言ったところで、ロックは彼女の首に剣を突き立てた。返り血が少しジャケットに掛かったが、そんなことはどうでも良い。
ゴポゴポと音を立てて息絶えた彼女から剣を引き抜き、ロックは少し離れて彼女を見下した。彼女の死体を紫色の球体が包み込む。
「……僕の仲間を蔑む女なんて、犯すだけの価値もない」
美しかったカレンの死体がどんどんひしゃげていく。重力場によって加圧された死体は、ロックが奥の扉を開ける頃には赤黒い肉の塊へと姿を変えていた。