第十三章 フェンリスヴォルフ


 人々の生活、その全てを吹き飛ばす衝撃だった。
 咄嗟に身体を包むように張った厚い氷の障壁など、ルークが気がついた時には既に手元以外の部分は吹き飛んでいて。
「……っ! こちらルーク。全員、無事か?」
 起き上がるだけでも憎たらしい程に痛む身体に舌打ちをしつつ、ルークは沈黙している無線に向かって声を掛ける。
 大声は、まだ掛けない。自分の置かれた状況がまだ判断できないからだ。
 大袈裟ではなく『死んでも手放さない』と決めている愛銃は両方共手元で健在。痛む手から伝わる感触で、自身よりもよっぽど好調だと愛銃の調子にほっとする。
 爆発の寸前、ルークは建物の屋根伝いに氷で足場を形成しながらディアスに“空中戦”を挑んでいた。そのため、爆発の衝撃を踏ん張りも効かない空中でもろに受けてしまった。
 自身を丸く包み込むようにして氷を張っていなければ、今頃地面でバラバラになっていたかもしれない。それでも氷に全身を打ち付けて、痛みで動くだけでも呻き声が漏れてしまうが。
 立ち上がったルークの目の前には、崩壊した都の残骸が無残に広がっていた。冷たさすらも感じさせる切り裂かれたばかりの地平線が、崩れ落ちた建物の瓦礫の奥に伸びていて、その奥に――崩れ落ちる身体でこちらを見る大狼の姿があった。
「フェンリル……神を喰らう狼、か」
 あの爆発は、ディアスの最期の攻撃だったのだろう。姿も魔力の痕跡すらも跡形なく消え去った雷神は……ルークにはどうなったかすらわからなかった。
 雷神ディアスは神話時代から伝わる、雷を司りし獣神である。その雷は如何なるモノも貫き、その力をもって世界に繁栄をもたらす存在だとも言われていた。おそらく電力によるエネルギー供給のことをそう言っているのだろう。
 そんな存在を暴走させてしまったのだ。むしろ街の人間が先に死んでいて良かったとすら思える。都を、人間の生活を、全て支えていた神を“放った”その罪は、自分が今まで重ねてきた罪と比べてどうなのだろうか。
「うーん、とりあえず全員無事は無事だろうし、地下の様子、見に行くかー」
 召喚獣であるフェンリルがまだ身体を保っているということは、部隊の四人は全員無事ではあるということだ。さすがに爆発の直撃を受けてその身体は崩れ落ちているが、魔力の繋がりに異常は感じられない。
 そうなってくるとリーダーから事前に聞いていたとおり、ここは都の中枢である地下の様子を確認しに行くのが最優先事項となる。無線は……そのうち繋がるだろう。
 そうと決まれば善は急げだ。ルークは痛む身体に気合を入れて駆け出そうとし、その時漸く、自分の周囲に氷以外の“切れ端”が散らばっていることに気付いた。瓦礫とは違う。これは――紙?
――違う。これは……札だ。
「……リー、ダー」
 頭がそう判断するより先に、身体が勝手に走り出していた。
 切れ端だろうが細切れだろうが、ずっと一緒に見てきたリーダーの札術を見間違えるはずがなかった。
 札に書かれた文字は、北部の言葉で『護』という意味だと、何度も……何度も聞かされていた。準備も勘も抜群に良いリーダーのことだ。その言葉通りに守ったものは、ルークだけではないだろう。
 果たしてそこに……リーダー自身は含まれているのだろうか。
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