第十三章 フェンリスヴォルフ


――『雷神召喚および、月都の壊滅についての報告』……っと。報告書なんて久しぶりです。教員をしていた時代を思い出しますね……
 生活のほとんどが任務の延長だった、拒否権を奪われたあの頃を思い出し、それでもリティストは、その顔に薄い笑みを浮かべることができていた。
 それもこれも、狂犬達の『真意』をあの都――膨大なる魔力の暴発により壊滅したルナールにて確信したからに他ならない。
 実の弟を救えなかったフェンリル。それは今でも真実で、事実であると思っている。四人全員、まともな死に方はしないだろうと本気で思っているし、是非そうであって欲しいと心から願っている。それは今でも変わらない。復讐心なんて、そう簡単に消えるものではない。
 それでも、あの狂犬部隊と自分の間には、確かな信頼が生まれていた。
――あくまでも、『共犯』になるための信頼ではありますが。それでも、まさか僕が狂犬側についたとは、さすがの上も見抜けなかったようだ。
 今正に、その『上』に対しての報告書を作成中のリティストは、『暴走による召喚事故を犯した身体を隔離する』ために通された対魔合金に覆われた個室にて、自分に与えられた作業の続きに取り掛かる。
『ルナールにて狂犬部隊の待ち伏せ中、コードネーム“レイル”が雷神の召喚を強行。城塞都市にて確保した“ゼウス”の発動により、都、及び狐部隊の魔力の流れを掌握され、そのまま都市部中央にて雷神の召喚に至る』
 頭の中に浮かんだ文章をそのまま下書きのようにノートに書き殴る。報告書に感情を乗せるわけにはいかないので、こうやって一度自分の中で整理するためにも行っているこの作業は、弟が死んでからのリティストの癖だった。
『雷神の召喚により都の機能は崩壊。雷神のコントロールに成功後、それを察した狂犬部隊によるフェンリル召喚により、召喚獣同士の戦闘に突入。市街地を巻き込む戦闘の末、魔力の暴発により都の地上部分の九割が壊滅』
 あくまで鍵である自分達は、その鍵をゼウスによって悪用されたのだと報告する。そうすることによって自分達は、今でも本部のある中央部に足を踏み入れることができているのだ。
『雷神を封じていた湖は魔力の枯渇により消滅。それに伴い雷神の封印は、湖の消失により露出した湖底都市群へと移動。この移動の原因は不明。フェンリル、及び狂犬部隊(新人を含む)の行方は不明』
 こうして書いておけば自分にも、捜索のための作戦の話が来るかもしれない。さすがにまだ疑われてはいるのだろうが、それでも上からすればどちらに転んでも問題はないだろう。上の人間が気にしているのは、『神の召喚』ではなく、その矛先が中央部に向くことだ。
『湖底都市群では雷神召喚のための電力を賄うことは不可能であり、雷神の再召喚は不能と判断。フェンリルにおいては狂犬部隊の安否が不明のため、再召喚の可能性は低いながらも』
――可能、と書いた方が、『らしい』でしょうか……しかし、現実的に考えても、人間なんて簡単に吹き飛ぶ暴発が、この地からも観測できたと聞きましたし……
 果たして“どう書く”のが正解だろうか。人間不信になる問題に少し頭を悩ませて、それから小さく溜め息をつく。思わず零れた小さな笑みも、この個室<牢獄>では咎められない。
――再召喚の可能性は、極めて高い。
 そう書いた方が、クリスは喜ぶに違いない。己の笑みは果たして純粋なる微笑で済んでいるのだろうか。わからないまま、リティストの手は『低いながらも』という箇所に線を引く。
 思い出すのは教員時代に何度か見た、彼等の数少ない穏やかなる日常で。
――『出たよ、さすがはドM王子!!』か……
 これはいつ聞いた言葉だっただろうか。確か、ルークがクリスに対しておどけて放った言葉だったはずだ。どうせ、今でもそう言ってふざけ合っているに違いない。任務の間にたまに見せる、年相応の――下品な話題を交えた戯れ。
――まさか、宣戦布告に『王制』なんて言い出さないでしょうね?
 彼らはずっと望んでいた。
 己の狂気を存分に吐き出せる、そんな『相手』をずっと。
 望んでいたのだ。
 彼らは、血に飢えた狂犬なのだから。
『再召喚の可能性は、極めて高い。彼らは魔力の繋がりではなく、群れとしての絆……言うなれば血塗られた絆により大狼を召喚する』
 鮮血に塗れた姿が、彼らには一番似合っていた。漆黒を彩るは鮮やかなる紅だ。
『危険度としては雷神すらも凌ぐ。月都の地に侵入する際は、これまで通りの警戒と装備での侵入を推奨』
 狂犬部隊からの連絡はまだない。生存報告も、宣戦布告もなにもかも。まだない。今はまだ、通信設備の復旧を行っているのだろう。地上の九割を失くしても、あの都は“下”が本命だ。
 地下。湖底。足元。それがあの都の“全て”なのだ。
『残存部隊の可能性、有』
 最後にそう書き殴り、リティストはその箇所に、少し悩んでから線を引いた。
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