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第十三章 フェンリスヴォルフ


『どうして、ここまでできるんだ?』
 もう、開きもしない瞼の存在を“視認”しつつ、ヤートはそう“隣の男”に問い掛けた。
 座るべき主の身体を足元に、玉座に掛けるヤートの瞼――身体はもう、ヤートの意思で動きはしない。ゼウスによって魔王の身体に繋がれたヤートの身体には、既に人としての自由は与えられていない。
 開かない瞼の奥で、ゼウスを通して隣を“視”たヤートに、その男――サクの握る槍の意思である、褐色の男はふっと静かに笑った。
「それはお前の仲間のことを言っているのか? それとも、“俺”のことを言っているのか?」
 きっと瞼を開いて見てみれば、今もサクの姿をしているに違いない。だが、ゼウスを通して視るということは、『神のように全てを視通す』ということで。
 ヤートの隣に立つ男は、見上げる程の長身に鍛えられた身体を持った軍人であった。その身体は見たこともない素材――まるで魔力に長年漬け込んだかのように禍々しいレザーアーマーだ――に包まれており、赤褐色の長髪に精悍な顔つきがよく合っていた。こんな状況でなければ、男前だと素直に称賛できただろうに。
『どちらもだ。魔王に繋がって、今ではよく視える。フェンリルも狐達も、俺の命を救うために動いていたんだな。全ては……本部から俺を守るために』
「ああ。そうだ。本部はお前の命“だけ”を奪い、文字通りゼウスを機械<兵器>として使用できるようにしたいようだな。そのために“俺”を、新人に紛れさせてここに差し向けた。だが、それすらも狂犬共は読んでいたようだ」
『貴方の名前を、聞いてもいいかな? 魔王と魔力の繋がりのある貴方だ。きっと高位の軍人なのだろう?』
 魔力の繋がりがあるからこそ、ゼウスを介してヤートの声が彼には伝わっている。それすらも自然のことのように接しているのだ。おそらく彼は、相当の……
「俺の名前は……本部への“宣戦布告”の時にでも伝えてやろう。それより……ここは“お前の場所ではないぞ”?」
『……光将』
 男が嘲笑うような表情を向ける先を視認して、ヤートは思わずその名を呟いた。ヤートのその声が相手に届くことはなく、いつの間にかこの空間に侵入していたリチャードは、愛用の聖剣に手をやる仕草こそしたものの、この状況を理解するためにだろう。敢えて男の声に返答をすることにしたようだった。
「ヤート・ロッテン……貴方は囚われてばかりだな。意識はあるのか? それとも既にゼウスが接続されているのか?」
「俺のことは無視か? “相変わらず”光に見初められし人間は礼儀がなっていない」
「……お前は……特務部隊、ではないな? どういうことだ?」
「質問ばかりだな。聖剣の後継者よ。言ったはずだ。ここはお前の場所ではない。天界を追われた愚か者は、無様に地上を這いずればいい」
 吐き捨てるようにそう言った男は、おもむろに片手をリチャードに向ける。
「なっ!? お前はいったいっ!?」
 光将が口にできたのはそこまでだった。視認するまでもない強大な魔力の波に、彼の身体が――ルナール全体が押し流された。
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