第十二章 古の記録
湖の底から現れた雷神ディアスは、まさしくフォックスの描いた姿そのものだった。
雷を纏った巨大な狼のような姿は神々しいまでの金色で、その体躯は湖畔に足をつけた大狼フェンリルと同等にエイトには見えた。
「おいおい、どうすんだよ!?」
水面に飛び出たディアスによって生み出された津波を伴う衝撃波からフォックスを抱く形で庇ったエイトは、まるで世界の終焉のようなその光景にそう叫ぶことしか出来なかった。
腕に抱いた少年の返答を期待していた訳ではない。なにせこの少年こそが今の状況を生み出した原因だ。今更弁明なんて聞いたところで、この地獄を終わらせる助けになるとは思えない。
「……無線はもう、切れたみたいやな。ゼウスが無事に繋がったわけや」
「は? ゼウスのオッサン、湖の中なのか!?」
激しい水飛沫でよく見えなかったのだが、もしそれが本当だとすれば雷神の力を街の維持に向けることが出来る。だが、それをすればヤートの命は失われることに……なるのだろうか?
「せやで。ちょっと“ボクらの”計画とは違ぉたけど、ま……フェンリルの動き的に問題なさそうやな。さ、ボクらはさっさとこの場から撤退すんで」
「撤退って……ゼウスのオッサンは犠牲にはなっちまうが、この街……いや、大陸は助かったんじゃねえのかよ? それなら雷神押さえてからオッサンの救出に行った方が――」
「――あー……エイトさんには、ちゃんと逃げ切ってから話そ思てんけどな……」
召喚の際の衝撃派は既に止んでいて、湖を挟んだその先で、巨大な獣達ががっぷりと噛み合っているのが見える。
世界の終焉のような光景は、えらく小さく――遠くに感じる。それ程までにこの場所は、嘘のような静寂に満ちていて。
――違う。こいつが……いや、こいつもあいつらも、嘘をついてやがる。
エイトは他人の嘘に敏感だ。獣のような嗅覚で、微かな違和感を嗅ぎ分ける。
「……もしかして……フェンリルもお前らも、グルなのか?」
「せやでー。新人さんらは知らんけどな。あの三人にはこの街と本部を繋ぐ、連絡係になってほしいねん。その形は各々違う形にはなるんやけど」
「本部に伝令を頼むのか? この街の混乱は特務部隊内で片付くって――」
「――ちゃうちゃう。ルツィアさんとサクさんは逃がしてやるねん。そうしたらなんの問題もなく本部に戻れるやろ? さすがに内通者の一人や二人もおらんとあかんしなー」
「……内通者って、なんだよ?」
言っている意味がわからなくとも、エイトにはわかるものがあった。それは、少年から発せられる狂気だった。
腕の中の少年はエイトと同じく湖の方を向いており、その幼い顔はこちらからは見えない。汚らわしいまでの金色の光を放つ項が、エイトの不安を加速させる。
「今日からこのルナールは狂犬と狐が支配する。住民は死に絶えても、電力がある限り都市としての最低限の機能は維持される。雷神の存在も相まって、だからここが選ばれた。それが、フェンリルとボクらの計画や。どや? おもろいやろ?」