第十二章 古の記録
水の中に引きずり込まれた。そう思った時には既に、呼吸の心配がないことをヤートは身体で理解していた。
呻こうが叫ぼうが、身体の周りの水流が口内に侵入することはなく、腕を引かれるそのままに、ヤートの身体はぐんぐん水底の――魔王の棺へと落ちていく。
時間にして一分くらいだろうか。ようやくヤートの身体が湖を越えた。逆さまの水面のような天井からサクと共に落ちたヤートの身体だが、地面に着地する寸前にしっかりと受け身を取るだけの冷静さは戻っていた。
ヤートをここまで引きずり込んだ張本人であるサクもまた、しっかりと――まるでサクの動きではない――受け身を取っており、いよいよ彼が本当に新人の彼なのか疑わしくなってくる。
「……サク、ではないな?」
「……この身体の名のことか? それとも『俺』のことを言っているのか?」
幼さの残るその顔が、似合わない程に冷酷に歪んだ。常に燃え尽きたような灰色の瞳が、今だけは暗い海のような色合いを宿していた。
彼の足元は魔王の棺にまで迫っており、この状況がとてつもなく危険であることが、理由はわからずともヤートにも理解できたのだった。
「……お前は誰だ?」
「俺は……お前を助けてやれる存在だ。魔王の目と生るのならば、俺の魔力で自我の崩壊までは至らないようにしてやろう。お前のことは“俺も”気に入っている」
「……魔王の側近か何か、ということだな? 確かに、その槍からの魔力……本物だな」
いつの間にか、彼が持つ槍から流れ出る魔力の質が変わっていた。重苦しく、身体に圧し掛かるような魔力だ。こんなもの、模造品に出せるものではない。それでなくても周囲を漂う水の魔力が、どこかざわめくように揺れているというのに。それすらも小さなことに思わせる程に、槍からの魔力が増大している。
「どうする? 水上では召喚獣同士の戦闘中だ。早く雷神を止めなければ街の電力が限界を迎えて、“我らが王”の兵士が動き始めるぞ? その頭に入ったシロモノを使って、電力の流れを制御しなければならないだろう?」
「……ああ。そうだ。俺はそうする。覚悟はしていた」
覚悟は、とっくの昔に出来ていた。それは狂犬達に囚われた時からであり、彼らの心に触れた時でもあった。
覚悟はしていた。彼らの力になれるのならば、この身なんて惜しくはない。
目の前の“男”の顔が嗤う。
よく陽に焼けたような肌の精悍な男の顔が、幼い新人にダブって見えた。
頭上で轟音が響いた時、ヤートの意識はぷっつりと途切れた。