第十二章 古の記録
ずぷりと、目の前でヤートがサクに水中へと引きずり込まれた。
「ヤートさんっ!?」
「あのガキ!? どういうつもりだ!?」
「おいレイル! 暴れんな!」
抱えた腕の中で暴れるレイルを怒鳴りつけながら、それでもロックの頭の中は冷静に稼働していた。
現状、考え得る最悪の状況に向かっていることは理解している。一刻も早く退避しなけらばならない状況で、現状最優先で守らなければならない対象が、どういうわけか無害なはずの新人に水中に引きずり込まれた。それはつまり、サクのことを排除しなければならないということだ。
「どうする? リーダー」
「……様子がおかしいとは思っていたが、あいつの槍が反応したのかもしれない。とにかく、ディアスをどうにかしないことには、あの墓場までは辿り着けないだろうな」
「魔王の元に向かうには、忠実なるしもべを倒してから、ってか?」
「どうかそのしもべには、サクが入っていないことを祈る」
「いやいや、リーダー。そこは地竜の槍の持ち主って言ってやれよ?」
地竜の槍の持ち主とは、ロック自身は信じていない、伝説上の人物だ。遠い昔、魔王の側近であったその男は、槍の魔力を最大限に引き出して大地すらも操作したという。だが、サクが持っているあの槍は、それを模した模造品のはずなのだが……
「魔王の死体に微かな思念が反応したのかもしれない。模造品にすらその魂が宿るとは、俺には到底思えないがな」
「ま、難しいことは抜きにして、とにかくまずは、雷神討伐、だろ?」
ルークが難しい話は面倒だとばかりに欠伸交じりにそう言うものだから、思わずロックは溜め息をついてしまった。だが、確かに彼の言うとおりだった。ここでいくら考えたところで真相は水の中。そこに向かうにはもうすぐそこまで迫っている雷神を打ち倒していかなければならないのだ。
「それでもまぁ、出来ないとフェンリルじゃねーよなぁ」
魔力を奪われながらも立ち上がったレイルが不敵に笑って言った。その言葉に群れの頭も呼応する。
「そうだ。俺達は本部最強のフェンリルだ。ヤートさんの身を守るためにも、雷神を屈服させ、この都を取るぞ!」
「「「了解!」」」
既に湖の中心から撤退を開始している狐達とルツィアを確認し、もう何も巻き込むことはないと確信したであろうクリスが、“フェンリル”に命令を下した。
「正真正銘の神殺しだ。魔王への献上品にはちょうどいいだろう」