第十二章 古の記録
リティストの右足、コメイの左足、そしてレイルの左腕が熱を帯びた光を発し、三人が三人共――なんの迷いもなくその部位に、自身の魔力で造り出した刃を突き立てた。
「っ!」
「なっ! 何を!?」
己の身体から鮮血と共に“えらく匂う”魔力を垂れ流す三人に向かって、ヤートは理解が追い付かない頭でそう叫んだ。光の勢いは鮮血に掻き消されるように消え去ったが、その魔力の気配が流れ落ちたようには思えなかった。
「召喚の魔力を強制的に解除してるのよ! 不純物<他者の魔力>が混ざれば、高等魔術である召喚は不発に終わるから!」
「憎たらしいことにこの足<パーツ>は、傷をつけたところで魔力によってそのうち再生するんです。この程度の怪我は怪我の内にも入りません。さすがに切り落としでもすれば話は違いますが」
流血のショックというよりは流れる魔力による影響か、顔色の悪い狐達がそう答える。その頭上で、狂犬の一匹である深紅が苛立ちを隠さずに喚いた。
「あのクソガキ! やっぱ“あの時”一緒に殺しとくべきだったんじゃねえの!? なにも“ここまでする必要”ねーだろ!」
「レイル、召喚も阻止出来ているんだ。少し黙れ。フォックス……俺の声が届いているならば聞いてくれ。お前はこの“作戦”には関係ない! 今すぐここを離れてリティストに巻き込まれただけだと本部に伝えれば、罪には問われないはずだ!」
流血と共に怒りすらも垂れ流すレイルも、クリスの制止には常に従順だ。一瞬で黙ったその横で、クリスは幼き狐の説得に入る。時折エイトに見せていたあの甘さを含んだ声音に、流されない人間がいるとは思えないが……
『クリスもリティストも、ボクのこと最初から逃がすつもりで立てた作戦なんやろ? それなら召喚もしてもうたらええねん。その方が、よっぽど“合理的やろうが!?』
無線の声が、震えた。
だが、それはヤートの勘違いで、実際に震えたのは大気の方だった。ビリリと震える大気には微かに雷の気配が漂っていて、足元の――魔王の棺、その場所から、痺れるような気配が湧き上がる。
「くっそ……あいつ……無理矢理こっから召喚しやがっ――」
「――全員、ここから離れろ! ディアスがくるぞ!」
苦しそうに屈みこんだレイルをロックが抱える横で、クリスがそう指示を飛ばす。その指示が全員に対しての言葉だったことにヤートは安堵し、そしてその命令に「了解!」と答えた。
その反応に満足したのかクリスは静かに頷いて見せてから、大狼の上から飛び降りる。
「俺達はこれから雷神討伐に集中する! リティスト! コメイ! 辛いだろうが、どうにか堪えて新人達を頼む!」
「これくらいの魔力の消耗、問題はありません! ヤートさん! こちらへ! とにかく街中まで退避しましょう! 出来るだけ距離を取る方が、召喚自体の弱体化にも繋がります!」
「あたしの水流に乗りなさい! さっさと逃げるわよ!」
ぐっと強い力で腕を掴まれる。てっきりその手の主が狐達だとばかり思っていたヤートは、その二人が凍り付いたような顔をしていることに一瞬の後に――ようやく気付いた。
ようやく、気付いたのだ。
どうにも様子がおかしい人間がいたことに。
「……サク?」
いつの間にか愛用の槍を握った心優しい新人は、どこか焦点の合わない瞳をヤートに向けて、聞き覚えのない男の声で言った。
「お前は魔王の目となる人間だ。ここまでの旅路、ご苦労だったな」
それは大地の底から響くような、幼さの残る口から流れるにはあまりにも酷を含んだ声だった。