第十二章 古の記録
湖の上に浮かび上がった五人を見て、クリスが小さく鼻で笑った。
「本部の思惑通りならば、今頃湖の底で殺し合いだっただろうに。どうにも“大地の魔力”が弱いんじゃないか?」
思惑が外れているというのに珍しく楽しそうな様子のリーダーに、ロックも同意して笑ってやる。
「多分水に沈んだ住民のせいだ。水の魔力が汚れたせいで、水神が喜んでんだろ?」
スコープ越しに見た水神の目を思い出し、ロックはゾクゾクとした快感が背筋に伝うのを自覚した。無慈悲なる殺気というものは、どうしてこうも興奮するのだろうか。
「神様って呼ばれるやつは、揃いも揃って性格悪いよなー。マジで人類の敵ってやつだ」
ははっと声に出して笑いながら、ルークも同意してくる。彼の手は愛銃を握っており、その銃口は一点を向いたまま動かない。銃使いにとって揺れる足元など関係ない。いかなる足場、いかなる場合でもその弾丸を獲物に叩き込むことが、自分達の仕事なのだとロックもルークも理解している。
ロック達は自らが呼び出したフェンリルの頭上にいる。湖の中心部に向かって頭を伸ばしたフェンリルの上からなら、水面に浮かび上がったヤート達とも問題なく話せるためだ。この行動を見ただけでも、自分達に危害を加える気がないということが伝わると思うのだが。
「人間こそが、全ての敵、さ」
くくっと笑ったクリスの言葉は、鬼と呼ばれる彼が言うと決して笑えないというのに、どうしてこうも興奮するのだろうか。ああ、そうか。彼も、そうだからだ。無慈悲なる殺気を撒き散らす存在だった。
「おいおい、目撃者も一緒にいるじゃねえか。どうすんだ? これじゃ本部への伝令が他国の陸軍になっちまうぜ?」
「いや、そこは問題ない。おそらく俺達を追って光将がここに来る。厳密には俺達をコピーしたであろうイグムスを追って、だが」
舌打ちをしたレイルをクリスが制している。ロックとしては初耳の部分があったので食って掛かりそうになったが、どうにかそれは我慢することが出来た。確かにヤツなら考えそうだ。誰が助言したかは知らないが、水底に運び込まれたイグムスの中には今も、自分達の情報が映り込んでいることだろう。
「あいつの証言なら、本部も信じるだろうな」
本部でも有名な光将は、実力面だけでなくその性格面も有名だった。真面目で不正を嫌う、まさに光のようなその性格は称賛に価すると、特に上層部からある程度“信頼”されているようだった。
「どこまでいってもお坊ちゃんだこと」
不快感を吹き飛ばせる話の流れに気を良くしながら、ロックはスコープを覗き込んだ。
ヤートのオッドアイを確認してから、「ゼウスの起動を確認」とリーダーに伝える。フェンリルの姿勢は身体を伸ばしている最中で、直接声が届く距離になるまではあと数十秒掛かる。
「任務開始だ。イグムスとその結晶で造られた王座に新たな王を座らせよう。俺達が本当に牙となるには、人類の敵が必要だ」