第十二章 古の記録
ルツィアが目を覚ました時、目の前には一面の水面が広がっていた。
ぼんやりと綺麗な青色だと思ったのもつかの間、すぐに頭はフル回転を始めて、歩いている最中に突然意識を失ったことと、今目の前に広がる青が水面を通して見える空の色合いだということに気付く。
反射的に立ち上がろうとして、自分の身がイスに縛り付けられているせいでもがくことしか出来ないことがわかった。白色のガーデンチェアのような造りだが、どうやら対魔製品らしく、魔法を発動させようにも魔力自体を散らされて上手くいかない。
肩までしっかり背もたれの部分に縛られているので、ルツィアは仕方なく首を動かし周囲を確認する。
そうすることで手に入る情報はあまり多くはなかったが、それでも驚くべき発見はあった。
ルツィアが縛られているこの場所は、どうやら頭上を水に覆われた水中トンネルのような空間で、目の前いっぱいに広がっていた水面は、頭上に広がった外部へと繋がる水のカーテンだったようだ。
「目が覚めましたか?」
ルツィアの動きに意識が戻ったことがわかったのだろう。こんな場所にルツィアを縛り付けたであろう張本人、リティストが背後から回り込むようにしてゆっくりと視界に入って来た。
「……私を引き込みたいんですか? 残念ですが、私では対フェンリルの有効打にはなれないと思いますけど」
意識を失う前までの会話からも、リティストの目的は明白だった。弟の敵討ちのためにフェンリルを罠に掛けたいのだろうが、それにルツィアごときが力になれるとは思えなかった。
純粋なる戦闘能力だけでもそうだが、なにより……
なによりも、ルツィアは……フェンリルに信用されていない。
「恋人の呼び名を得てしても、彼等の心は見通せないのですか……」
「……わかってたの……あの四人の間には誰も、どんな存在も入り込めやしないって……」
縛られたまま、ルツィアは自分の感情を素直に零した。今がどんな状況かを考えることも放棄して、縛られた身体も、心も、“助け”を求めて涙が溢れる。
ずっと心を占めていた“本心”だった。こんな簡単なことが分からない程、自分は馬鹿ではないと、ずっとルツィア自身もわかっていたのに。
ルツィアはとめどなく流れる涙もそのままに、青く揺らめく水面<頭上>を見上げる。
彼の、彼女の嘘なんて……ルツィアはずっと、わかっていたのだ。
ルツィアの心が水面の青のように澄み渡る。自然に止まった涙の奥で、ルツィアの目が水のカーテンに揺らめく人影を捉える。一人、二人……もっと多い。
そこに映った真実を、ルツィアは――考えることを放棄しなかった。
「僕は貴女だけは巻き込みたくないと思いました。だから、ここに――」
「――先生も、特務部隊<嘘つき>ですね」
ルツィアはわかっていた。狂犬達の嘘を。だから、彼等と同じ、獣の嘘はわかる。狐は嘘をついている。
「私は、餌なんでしょう? ロックでもレイルでもない……ゼウスを手に入れるための」