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第十二章 古の記録


 バチバチと不快なる雷をその身に纏わせながら、レイルの『身体を使って』彼は接触してきた。
 彼女の様子がおかしいことは、フェンリルの全員がわかっていた。そう、彼女もわかっていたのだ。
 だからこそレイルは声も上げずに異変を伝え、三人は“比較的人目を気にせずに拘束が出来そうな場所”まで移動してからその身を魔力で拘束した。外には“まだ”南部と東部の軍人達が生き残っていたからだ。
 さすがの狐達も、都内で他の地方所属の軍人に手を出せばどうなるかはわかっているので、水面下で事を運んでいるようだった。
「仲間の身体をここまで傷つけられるとは。さすがはフェンリルと言ったところですね」
 レイルの身体を傷つけると男は言ったが、魔力によって押さえつけているだけなので、拘束を解けば彼女の白い肌には傷一つつけることはない。これも仲間内の優しさだということを、この男が理解することはないだろう。
「おいおい、どういうからくりだ? このカワイイお口に僕のぶち込んだら、あんたに舐めて貰えるのかよ?」
 くくくっと笑ってロックがレイルに歩み寄り、その手を彼女の口に突き込む。遠慮なくその口を開かせる様は、日頃何度も目にした光景なのでこの際何も言わない。彼女も“普段のまま”ならば、喜んで受け入れていた。だが――
 レイル――の身体を使う者は、ロックの指を首を使って振りはらうと、心底おかしそうに口元を歪めた。
「支配者の振る舞いは大いに結構ですが……生憎『僕』は、そういったことは好みません。事が済めば『レイル』を解放しましょう。拘束を解く気にはなりませんか?」
「ふん。それ程までに俺達が憎いか? リティスト……」
 今から数年前。世にも珍しい帯電体質を持つ男が、特務部隊にて殉職した。その体質の珍しさから、死して尚その身は幾つものパーツに切り分けられた。
 体内の細胞が発電することによって、命が尽きた後もほんの数時間は雷を帯びた細胞が生き残ってしまったのが原因だろうと、クリスは推測している。
 元は一人の人間の身体だったからだろう。狐達とレイルの身体には、他にはない雷の共鳴とも呼べる繋がりが生まれてしまっていた。ごく微量ながらも魔力のリンクが形成されているのだ。
 それは、自分達フェンリルも同じだった。
「お前が欲しいのは召喚の鍵だけだろうからな。レイルの身体に埋め込まれた左腕を、渡すわけにはいかない」
 切り分けられたのは帯電体質だけではなかった。
 確かに“その時点”で切り分けられたのは体質のみだったのだが、その後、声を発しているこの男――リティストが手に入れた召喚の鍵も同様に、魔力のリンクとしてレイルの身体に共有されてしまっていた。
 兼ねてよりその身に『いろいろなもの』を抱え込んでいる彼女は、“共有の瞬間”に「なにかまずい鍵を渡された。きっと左腕繋がりだ」といち早く報告してきたのだった。
 それをきっかけに狐達の暗躍に気付くことになったのだが、それはゼウスを抱えるクリス達『フェンリル』にとっても大いに利用出来るものだった。ゼウスとそれに匹敵する『大陸の危機』というやつを、一気に解消出来る素晴らしい計画が立案出来たのだから。
 この計画が成功するための鍵は、文字通りレイルが持っている鍵である。
 それは狐達と共有する召喚の鍵でもあり、フェンリル達の間で共有する召喚の鍵でもあった。
 いくら魔力の高い部類に入る特務部隊のフェンリルといっても、人間という枠組みから抜け出ることは出来ない。あくまでも人間の範疇での『高い魔力』では本来、神と呼ばれる存在を人一人で召喚など不可能だ。デザートローズで見た召喚士にも、きっと何か秘密があるのだろうが、今は関係がないので考えないことにする。
 特務部隊フェンリルは、四人の身体に召喚獣フェンリルのパーツを切り分け召喚することを可能としている。
 具体的には顎や前脚といったように『戦闘向けの部位』をその都度戦場にそのまま呼び出すのだが、今や伝説と化している初任務にて結んだ契約により、犠牲<魔力>を高めることによってその全貌を呼び出すことすら可能であった。
 あくまで可能というだけで普段から呼び出すことをしないのは、厳しい本部の監視の目と、なによりその犠牲を用意するのが面倒なためだ。本部は事あるごとに自分達の裏切りを警戒しているし、そもそも死体の山なんて、わざわざ生贄としなくても任務の過程で自動的につくられてしまう。
「貴方達は、本部の犬ではないでしょう?」
 狐が狂犬の口で嗤う。本当にこの男は、よくわかっている。
 フェンリルは犬ではなく『狂犬』である。それは魔獣であろうと召喚獣であろうと、獣と化した人間でも変わらない。狂犬に飼い主は必要ない。必要なのは群れの仲間。それがあれば――それだけあれば生きていける。
「俺達は狂犬部隊だ。敵の敵は味方、という言葉もあるが……」
 感情も込めずにクリスは言った。大して期待もしていないし、想定していた通りに事が進んでいるのだから仕方がなかった。
「残念です。敵の敵は敵、ですよ」
「……だろうな」
「いつまでくっちゃべってやがる! さっさと狐共より先に、電力を押さえちまえばいいだろ!」
 一際強い稲光を放って、レイルが機嫌の悪い声を上げて立ち上がった。
 彼女の意識が戻ったことを確認し、ロックとルークはすぐさま拘束のための魔力を解除している。宣戦布告と取れる言葉を残した狐の気配は、都中を這う幾何学模様に沿うようにして、消えた。
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