第十二章 古の記録
「『この大陸には人間をはじめ、エルフ、ドワーフといった種族やその混血種、また彼等とは敵対関係にある魔族や鬼族といった闇なる種族、それら以外にも天界を支配する天使達や、水中を主な生活域とする魚人族等多種多様な種族が、均衡を保っているとは言い難いパワーバランスの上で生活している』……って、おとぎ話のなかだけじゃねえのかよ? 僕は信じねえぞー。この世には直立二足歩行は人間しかいねえ」
資料を投げつけて文句を垂れたロックは、そのままの勢いで座っていた長椅子に横になってしまった。さすがにふて寝まではいかないだろうが、靴のままなので椅子の汚れが心配になる。
いくら『この後確実に戦いになる』ということがわかっていても、上手くいけばこの都の街並みはこのまま保たれるのだから、この図書館の豊富な資料と備品も出来る限り綺麗にしておきたいのがクリスの本音だ。
「歴史に文句言っても仕方ねえだろ。この都、どうやら魔族の王が『力の源』みたいだな。地下に埋まってるってここに書いてある」
勉強は苦手ながら資料を漁っていたルークがそう言って、手に持っている分厚い本のページを指差した。わりと伝承の通りだったのでその点で今更驚きはないのだが、問題はその次のページの記載にあった。
「……魔王の力は都のシステムに直結してるな。この様子だと街の電力を賄いながら召喚獣を呼び出すことは出来ないだろう」
「魔王様なんて記載されてるわりには大したことねえな」
今クリス達が調べていたのは、この都に伝わる伝説であり事実であった。それは古の時代の戦争の歴史であり、ひとつの『国』の在り方であった。
古から今に至るまで、この都を繁栄させてきたエネルギーである『電力』は、全て魔王の亡骸から得られており、死して尚『民』を憂いだかの王は、今もこの都の地下に安置されているようだ。
自分達に必要なものは『魔王の死体』である。それが人間だろうが魔族であろうがこの際問題はない。とにかく魔王の死体<エネルギー>があれば、“どうにかなる”と考えていたのだが……
「ぼやくなロック。今の俺達に必要なことだけを考えろ」
クリスの指示にロックが今しがた投げ捨てた本を取りに立ち上がり、拾い上げながら目当ての文章を開きもせずに“読み上げた”。
「へいへい。『焔を宿す結晶によって魔王は大地と結びついた』、だろ?」
やはり彼もわかっている。口では信じないと言いながら、それでも頭では既に理解しているのだ。
「ああ。俺達をここに呼び寄せ、イグムスも既に運び込んでいるだろう。目的は……そろそろ“お前の口から”教えてくれないか?」
手に持っていた本を閉じ、クリスはそう言って机の上に腰掛ける。
クリス達四人がいるのは、ルナール魔法資料館の中だ。この資料館は主に魔法関係の資料が揃えられていて、今は無人となっている受付と資料を広げるためのスペース以外は、天上まで届く棚のせいで窮屈に感じる造りになっている。構造的には一階部分のみなのだが、天上が高いために棚の上部の本を取るには脚立が必要になってくる程だった。
資料館という名前だけあり随分と使用感のある備品の数々で、クリスが腰掛けたこの机も例に漏れずぎしっと小さな悲鳴を上げた。
手に持った本を横に置き、仲間である彼女を冷徹に見下ろす。
長椅子に戻ったロックと、床にそのまま座り込んでいるルークは、――変わらず魔力による拘束を続けている。
「仲間の身体をここまで傷つけられるとは。さすがはフェンリルと言ったところですね」
重力場と氷の下敷きになって床に文字通り押さえつけられているレイルが、男の声でそう答えた。