第十二章 古の記録
「狂犬ではない貴方達に質問。どうして召喚獣を行使出来る人材が増えないと思う?」
異様な稲光を纏いながら蠱惑的な笑みを浮かべて問い掛けるコメイに、ヤートは本能的にサクを庇うように前に出ていた。
狂犬達が常に垂れ流しているような殺気ではない。だが、それでも十分に危険だと感じ取れる空気を、本能的に嗅ぎ取ったのだ。サクも同じだったようで、多少驚いてはいるものの警戒した目でコメイに視線を向けている。背に回していた槍――街中なので布に包んではいるが、軍人が見れば武器だと一目瞭然だ――に手を掛け反射的に身構えてはいるが、彼女の問い掛けへの答えはどうやら持っていないようだった。
あまりヤート自身も得意分野ではないのだが、自分なりの見解を答える。
「召喚獣の使役には膨大な魔力が必要だ。それこそ……一般市民だと街ひとつ壊滅させる程のな。そんな魔力を有した人材は、残念ながら今はほとんど生まれない。仮になんとか呼び出すことが出来たとしても、元来『友好的ではない』存在だ。人が人である限り、意のままに行使することは難しいだろう」
遠い昔は人間のなかにも膨大な魔力を持った存在がいたらしい。だが、それはあくまでおとぎ話のなかの話だ。現実、少なくとも現代において『召喚の儀式』は、一部の地域の部族の間でしか受け継がれていない。友好的な存在を受け継ぐ一部の者にしか呼び出せないのだから当然の話だった。
廃る一方の技術に代わり、今は『科学』と、古の時代からは弱まりつつはある『魔法』が、この世界のあらゆる分野の『力』を制している。
召喚獣は文字通り、高貴なる獣を召喚する儀式だ。呼び出した対象には意思があり、それをコントロール出来るかは呼び出した者の力量に委ねられる。コントロール出来ない力など、ボタン一つで制御出来る科学の前では廃れるのも無理はない。ましてや呼び出すためだけに命まで削られるなら尚更だ。
教科書通りの情報を述べるヤートに、コメイはふふっと笑った。彼女の性格を考えるに、あまり真面目な回答はお好みではなかったのかもしれない。
「大真面目な回答ね。真面目な男って好きよ? 回答としては面白くもなんともないけど」
「すまないな。どうにも俺は、あの四人のようには答えられない」
あの四人ならばきっと……
フェンリルならばきっと、この光景すらも鼻で笑って、生贄の無駄遣いだとかぼやくのだろう。彼等ならばきっと、己の魔力でソレを呼べる――
――呼べる……フェンリルならば、きっと……
頭の中で、何かが光った。
まるで『ソレ』への道筋を示すかのように、青の輝きが――ゼウスがその情報を手繰り寄せる。
言葉と共に零れた溜め息が、いつの間にか止まって、息を呑んでいた。その青が手繰り寄せた『ソレ』を否定したくて、思わず強く目を瞑ってしまう。
「あら、何か思い至ったの? 『全てを視通す』ゼウスさん?」
「ヤートさん? 大丈夫ですか?」
後ろからサクにそう聞かれて、ヤートはそっと息を吐いた。目を開けるとコメイの穏やかな笑みに捕まり、この女の思惑がヤートにもぼんやりと見えてきた気がした。
やはり人生経験の差というものなのだろうか。彼女の心<行動理念>をヤートは今の今まで掴み損ねていたのだが、逆はこうにもしっかりと見抜かれている。
不安そうにしているサクにはまだ、この状況がわかってないようだった。何故ならは、その資料を“読み込んだ”のはヤートだけだからだ。
「……フェンリルも……呼べるんだな? 犠牲<魔力>を対価に召喚獣を……」
背後でサクが息を呑んだ。それを見ずともその視線が魔力に淀んだ水面に向けられたことがわかる。それ程までにここの空気は淀んでいた。何故、今まで気付かなかったのだろうか。
「ええ。そうよ。あの子達の呼ぶ『狂犬』こそが、その部隊名の由来。強大なる魔力を有した魔獣フェンリル。都市ひとつを吹き飛ばす、『人間の敵』よ」
「……いったいどちらが、敵なんだ?」
「本部からすればってこと? それはあれよ、昔からよく言うじゃない? 『敵の敵は、敵』よ」
ケラケラと笑うコメイの稲光が、鋭い音を立てて地面を穿った。