第十一章 犬と狐
サクとヤートは、とっておきの場所があるとコメイに連れ出された。三人で並んで、人気のない街並みを歩く。
街の規模的には充分大通りであろうことは間違いない場所を歩いているのだが、広い車道には車両どころか人の姿すらない。
冷たい輝きを放つ金属質の道のりは、どこかこの街に宿る冷徹なる悪意そのもののような気配をサクに感じさせた。人の姿が全く見えないのも、その原因かもしれない。
幸い年齢も生い立ちもバラバラながら話題に困るようなこともなく、ヤートとサクの簡単な経歴に対するコメイの相槌は、とても聞き上手という印象を与えた。
「コメイさんは、ずっと特務部隊にいるのか?」
会話の流れのままにそうヤートが問い掛けて、サクは思わず「凄い」と言葉にしてしまいそうになったのをなんとか抑えた。単純な好奇心だけではないヤートの誘導は、それでも極自然にサクには感じられたからだ。
――やっぱり、年齢って大きいな……
溜め息までつきそうになったがそれも我慢。
「あら、それってどういう意味? ……やーね、冗談よ。昔はね、ただの非戦闘員だったのよ? あの子達のバックアップをしてるつもりが、どういう因果か気が付いたら最前線よ。やんなっちゃう」
「それは……相当な戦闘能力を持っていた、ということだろう?」
「んー、それは……あの子に聞いた方が早いわよ?」
クスクスと最後には躱されていたが、それでもヤートが気にしている様子はなかった。特務部隊の過去なんてそう簡単には割れないこともわかっているし、駄目で元々ということだろう。やっぱり大人は、余裕がある。
「レイルにはまた、個人的に聞いてみるとするよ。それより、どこに向かっているんだ?」
こちらの方が本題だ。先程までの穏やかな空気が、いかにわざとらしいまでの造り物だったことか。そう前を向いたまま視線すらも動かせないサクにも強く思わせる程に、ヤートの声は硬く冷たい空気を纏っていた。
「あなたは……どこまで『見てる』の? この都の内部データなんて、いくらゼウスでも外部からは『見れない』でしょ?」
コメイの答えにも暖かみは消えている。しかし、二人が足を止めることはない。なのでサクも合わせて足だけは動かすしかないのだ。
「俺が“読んだ”のはこの都の簡単な情報だけだ。それこそ本部<外部>から眺めるだけの、表面的なものだったさ」
「あらそう。なら、ちゃんとあたしが説明しないとね。この街の中央部から少し離れた位置になるのだけど、そこに『銀の鏡』っていう名所があるのよ」
「鏡、というと……湖や噴水のイメージがあるな」
「その通りよ。昔っから『水に映した姿が本当の姿』だなんてよく言うじゃない? それを地でいく場所なのよ、あそこは」
ふんと鼻で笑ったコメイは、あまりその場所のことを好んではいないようだった。勝手なイメージながら、とても女子に人気がありそうな名所にサクには思えたのだが、彼女には少しも響かないのだろうか。
「……その鏡には、何が映るんだ?」
感情を殺したようなヤートの言葉。
振り向かずともわかった。
コメイが――狐がにぃと口元を歪めて、言った。
「……あたしも、あなたも……見たくないもの、よ」