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第十一章 犬と狐


 包み込むような大きな手に引かれて、ルツィアは誘われるままにリティストと拠点を出る。
 せめて一言、部隊のリーダーに伝えてから外出をしなければ、と頭の隅では考えているというのに、何故かルツィアは口からその言葉<拒絶>を吐くことが出来ないでいて。
「歓迎会の前に少しだけ。弟の教え子<貴女>を連れて行きたい場所があるんです」
 そう言って拠点を出たきり、彼は何も話さない。それどころか手を引いて歩くルツィアのことすら見ようともしない。
 この空気にあまり良い予感がしないことなど、いくらルツィアだってわかっている。このままだと――この男は危険だ。本能的にわかる。
 この男は『フェンリル』を憎んでいる。それはもう、心の底から。しかし、その原因を作ったのはルツィアだ。だが、彼はその口で言った。ルツィアのことは憎んでいないと。
――悪いのは私……でも、この人は……加害者ではなくて、守れなかった彼等のことを憎むことによって、どうにか自分を保ったの……?
 その知らせはきっと、突然だっただろう。本当に、本当に唐突に本部からの連絡が入ったに違いない。それこそ文面だけの冷徹なる通達だったはずだ。突然親族を亡くして、その身体は帰ることもせず、おまけに加害者の情報は割れず、まるで示し合わせたかのように『中身のない』葬儀が進行したのだろう。
 そんな中で彼の心は、きっと『憎む相手』を探したに違いない。その対象がいつまで経っても割れない加害者から、助けることが出来なかった狂犬達に移っても、仕方がないのかもしれない。人はそんなに、強くはないのだから。でも――
――それを私が言うのは間違ってる。私は加害者だから。だから……
「……いったい、どこに向かっているんですか?」
 ルツィアの心には今、不安ばかりが渦巻いている。しかし、その不安の要因は『これから向かう場所が果たして、謝罪に相応しい場所かどうか』という点だけである。
 彼は憎んでいないと言った。だが、それで己の身に沁みついた罪が綺麗さっぱり無くなるなんて、ルツィアには思うことが出来なかった。だから、どうか……自己満足だと取られたとしても、彼には謝罪をしなければならないのだ。
「この都の数少ない観光スポットですよ。雰囲気は良いのですが、この都自体が観光に適していないのが問題ですね」
 歩む足は止めることなく、彼は振り返ることもせずに答えた。その震えることすらしない声に、ルツィアは己の認識が甘かったことを痛感した。本当に、思い知った。
 彼に引かれるままの手に、ピリリとした鋭い感触を感じた。
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