第十一章 犬と狐
少年が口走った『雷』という言葉を、エイトは聞き逃さなかった。顔色ひとつ変えずに『魔力』と訂正したところはさすがだが、やはりこの幼き特務部隊には、少年らしい『隙』があった。
「ん……大人んなったらもっと気楽に散らせるらしいけど、ほんまなん?」
ガシガシと撫でられたままだったルークの手を払いのけて呟くフォックスに、ロックはいつものように「そりゃ大人んなってからのお楽しみってやつやなー」と笑って返している。フォックスに釣られたのか訛り混じりに返された言葉に、エイトはロックもやはり南部生まれだったかと確信する。髪と肌の色から予想は出来ていたが、あの訛りは聞いているだけで再現することは不可能だ。
「母国語が出てるぞー」
ロックの訛りが耳障りなのか、ルークがニヤニヤ笑いながら揶揄う。それにしても酷い言い方だ。確かに南部以外の地方出身者は、南部のこの方言を嫌っている人間も多いらしい。どうにも口調が荒く聞こえたり、揶揄うように聞こえるらしく、そのせいもあってか軍人を目指す家庭等ではこの大陸での標準語を徹底的に子供に教え込むところも多い。エイトの育った家もそうだった。
「夜はあんなに聞かせろってせがむのにー。そういやエイトも南部出身だろ? こいつに釣られねえ?」
「いや、オレの両親は徹底的に軍人になる為の教育しかしない親だったからよ。言葉も学びも全部軍に必要なものしか習ってねえ」
「つまり、標準語しか喋れねえってわけか……えげつねえことしやがる」
エイトとしてはそんな両親でも、“軍人を目指す息子”の衣食住に関してはしっかりと役目を果たしてくれていたので、今ではむしろ感謝している程だった。もっと酷い生活環境なんて、腐る程見てきている。
そんな感覚なのでエイトからしたら、苦い顔をしてそう吐き捨てたルークの反応がむしろ意外に思える程だった。おぞましい猟奇殺人犯であるルークだが、その言動は穏やかな好青年にしか見えない。いかにも金持ちのお坊ちゃんという雰囲気だ。
まるで一般人のような反応をするルークの手が、またフォックスの黒髪に伸びる。訂正。こいつは正真正銘の変態ホモ野郎だ。つーかこの部屋、男もイケる奴しかいねえけど、このガキ大丈夫かよ?
「エイトさん、やっけ? 南部出身同士仲良ぉやれたらエエな。さっきからえらい警戒してるけど、ボクは触ってもレイルと違ってビリビリせんから心配せんでエエで」
「あいつが痺れるのは肌じゃねえだろうが」
痛いところを突かれてエイトは苦笑いしながら答える羽目になった。さすがにこちらが気付いていることを、相手も気付いていたようだ。その隣で金色の瞳が「うっは、もう食ってるのかよ」といやらしく笑っている。全部知ってるくせに、なんて食えない男だろう。
「うわー、ちゃんと話が通じてる。ってことは、エイトもフォックスの秘密に気付いてるってことだよな?」
ルークが驚いたという顔をしている。どうやら彼はあまり嘘が得意ではなさそうなので、この表情は本心からだろう。決してバカにされているわけではなさそうだ。金色とは違い、彼の澄んだ青の瞳には一切の曇りが見えない。
「つーか、そのガキ一人の秘密じゃねえだろ。お前等三人、それにレイルも……全く同じ魔力……いや、雷の気配がするのはどうしてだ?」
エイトの問いに狐色が揺らめく。その光の移り変わりが、まるで伝承として伝わる妖術にある狐火のようで。
「簡単な話だ。こいつらの雷の源が、全く同じ人間の身体から抜き取られている、それだけさ」
口では簡単なことだと嘯きながら、しかしその瞳が全く笑っていないロックの顔を見詰めてから、エイトはそこからは幾分下に位置する少年の顔に視線を落とす。
まるで呪いのような圧力を発する雷を纏うその幼き身体が、今にも音を立てて崩れてしまいそうな錯覚を覚えた。