第十一章 犬と狐
優しくて、大きな手が、自分の頭を撫でている。子供の頃に戻ったように、大声を上げて泣き続けたルツィアだったが、自分の頭を撫でるその手の存在にようやく気付いて、声を上げるのを慌てて止めた。
手の主は撫でるのを止めない。あくまでルツィアのことを落ち着かせようと、優しく抱き締めてくれている。
――男の人の手……大きいけど、細い……ロックに似てるけど、違う人の手……優しい人の、手だ……
その手の主が見たくて視線を上げると、そこにはリティストの顔があって。
「っ! ご、ごめんなさい! 私……私……っ」
無様に尻餅をつくようにして飛び退くと、目の前のリティストはふふっとおかしそうに笑った。
「お気になさらず。もう皆さんも部屋に案内していますから、ここには二人きりです。だから恥ずかしがる必要なんてないんですよ」
言い聞かせるようにそう言ってくれる。優しさの中にも意志を感じさせる声も、“先生”と一緒だ。
「リティスト、先生……」
「……やはり、貴女でしたか。ギ――」
「――その名はもう、捨てたの! もう、許して……」
己の名を呼ばれそうになり、思わずそう遮ってしまった。違う。そんな駄々をこねようとしているわけじゃないのに。私は、ちゃんと反省してて……
「……弟は、良い先生をしていましたか?」
感情を読み取れない狐色がルツィアをじっと見下している。体勢こそ優しくこちらに手を差し伸べているが、その瞳の冷たさは隠し通せるものではない。
「……素晴らしい先生でした……」
学生時代から優等生クラスに所属していたルツィアのことを、“リティスト先生”は受け持っていた。彼の授業はわかりやすく、彼自身の知識の深さがなければそうはならないと学生の自分にでもわかる程だった。数学に関して真面目に取り組む姿勢も学生達から人気で、見た目も良かった為に女生徒には本気で彼に恋をしている生徒もいた。
「……軍人としては?」
「……わかりません」
ルツィアは彼の戦闘を見ていない。南部の“協力者である老人”に始末を任せてしまったので、ルツィアが見た彼の最期は切断された首だけだった。
「勘違いしないで欲しいのですが、僕は貴女を恨んではいませんよ。弟からしたら貴女は守るべき生徒の一人で、貴女自身に戦闘能力もなかったのでしょう? だから恨んではいません。真に恨むべきは、殺されてしまった弟と、約束を守れなかった狂犬共です」
狐色は復讐を映していた。ルツィアが想像していたよりもずっと深く、その濁りは冷たく暗いものだった。