第十一章 犬と狐
ルツィアが泣き出したので、自己紹介は軽く済ませて解散になってしまった。三人が自室として使用している部屋が三部屋あるらしく、そこに人数を分けてお邪魔することになった。
一人一部屋という贅沢な環境が、この都の危険度に直結しているように思えて、サクはついついごくりと唾を飲み込んでしまう。
先程集まった部屋は作戦立案の為のスペースらしく、そこから廊下を一本挟み三つ並んだ扉の先が、各々の自室となっている。
通されたリティストの部屋に、サクは驚いた。
特務部隊の人間の自室というものを、サクはまだ知らない。ルークの自室の一部なら本人が携帯端末の画像を見せてくれたが、あれは完全に死体置き場だったのでカウントしたくない。あんな部屋と扉一枚隔てたところで寝食を行っているルークの神経を疑いたいが、よく考えれば彼もれっきとした猟奇殺人犯だったのを思い出した。
リティストの部屋は、異常に少ない家具に代わり、そっくりの顔をした……弟、だろうか? との写真で溢れていた。さすがに天上までは貼られていないが、少ない家具の上や壁の空いたスペースに、笑顔のリティストと弟らしき人間の映った写真が飾られている。几帳面な性格らしく、そのどれもに撮った日時と場所が記載されていた。
「相変わらず、か……ベッドはサク、お前が使えば良い。俺もリティストも、おそらく部屋には戻らないからな」
一緒に案内されたクリスがそう言って、後ろにいたヤートに「ヤートさんはそこの……ソファでも良いか?」と聞いている。この部屋に割り当てられたのはサク、クリス、ヤートの三人で、部屋の主であるリティストはまだ、先程の部屋でルツィアと話しているようだ。
「俺はソファでもどこでも構わないが、クリスも休む必要はあるだろう?」
「休みたいのはやまやまだが、どうにもこの都は落ち着かなくてね。あいつらの真意も気になるしな……」
今は閉められた扉――音もなく横にスライドしたところが最新鋭っ! という気がしてサク的には興奮した――に鋭い目を向けるクリスに、サクはまだ興奮冷めやらぬまま尋ねた。
「クリス先輩はリティストさん達と知り合いなんですか? けっこう親しそうでしたけど」
「フォックスとコメイとは何度か任務で会ったことがある。リティストとはお互いに特務部隊としては初めてになるが、あいつがまだ軍学校の教員をしていた頃に任務で世話になったことがあってな」
「リティストさんは、まだ特務部隊に入って間もない、ということか?」
ヤートも意外そうに目を丸くしてそう言った。その二人の反応にクリスは苦笑しながらこちらに向き直った。扉の先の気配に向けていた気が、途端にサク達に重くのしかかってきたようだった。こんな殺気、なんで向けていた?
「二人にも話しておくべきだな。リティストとルツィアの因縁を……」
因縁という言葉に、サクは息を呑んだ。ヤートも何かを察したのか険しい顔をしている。
「ルツィアが……何かしたんですか?」
考えたくなかった。真面目な彼女が、何か罪を犯しているなんて。多少性格がきついところもあるが、根は優しいし誰よりも打たれ弱いということもなんとなく理解しているから。
「あいつは学生時代、リティストの実の弟を見殺しにした。いや、見殺しなんて生ぬるい言い方だな。あいつが手引きした南部の軍人の手により、リティストの弟、コードネーム『リティスト』は殺された」