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第十章 異に接する都


 目の前のエメラルドグリーンが挑発的に揺れる。
――ぜってー、そう思ってねえくせに。
 ロックは頭に浮かんだ文句を飲み込みながら、鼻で笑って見せる。すると彼女も、まるで話はこれで終わりだとでも言うように薄く笑った。
 まったくもって彼女らしくない反応だ。その理由くらい、ロックはわかっているつもりだ。しかし、ここにはもう一人、ロックの理由もレイルの理由も知らない――わからない人間がいる。
「だったらその『普通の人間』が、天界にいた人間なんですよ! きっと!」
 目を輝かせてそう言ったサクのことは、もう――二人共見ないようにしていた。レイルの口からは盛大に溜め息が漏れているし、ロックとしてもあまりに空気を読まない新人に対して頭痛がし始めた気がする。まさか愛するリーダーは、いつもこんな気持ちで自分達のことを纏めているのだろうか。
「そう考えたいならそれで、もう良いんじゃねーの?」
「レイル先輩! 適当にならないでくださいよ!! これから面白くなるかもってところですよ!?」
 投げやりな回答を始めてしまったレイルに、サクが噛み付く。従順なフリをしているくせに、意外と頑固らしい。イジメたくなるタイプだ。嫌いじゃない。
「ならねーよ。エクスカリバーは初代エルメスミーネ家の当主が自身の“死後”を憂いで造り出したって代物だ。聖なる力は代々の当主達の光の魔力が籠ってるだけで、天使様の力なんかじゃない」
 話をさっさと終わらせたくて、ロックは――ついつい“口を滑らせてしまった”。さあ、どうしよう。大変だ。これでは鼻の利く狂犬が一匹、釣りあがってしまうかもしれない。
「……お前、えらくあの光将の家について詳しいな? 陸軍でクリスタルが破壊された時もそうだった。一目見てあの召喚獣が歴代当主達だって言い切ったな? 今更だけどよ……私らに“言ってねえこと”があるんじゃねえの?」
 バレバレの餌に、メス犬が食いついた。しかしその目は笑っている。バレバレだと、わかっていて食いついたフリをしているだけだ。戯れに、じゃれ合うように噛みついただけ。本気ではない。
「僕は南部出身だぜ? 同じ地方の軍のお偉いさんの家系ぐらいは“お勉強”してるっての。お前だって、中央部のお偉いさんとはえらく親しいじゃねえの?」
「それは私の営業努力の証だっての。てめえと一緒にすんじゃねえ。多少勉強したくらいで、あの召喚獣を看破出来るわけねえだろ」
 口ではそう苛立った声を上げながら、しかし目の前のメス犬はそれ以上踏み込むようなことはしない。腹違いの兄とこの場で唯一対峙した彼女は、きっとロックとリチャードの関係を既に見抜いている。
 しかし思った以上にその食いつきが悪いのは、彼女にも探られたくない腹があるからだろう。
 ロックの指摘したお偉いさんとは、彼女に宝剣リキュアールを渡した張本人だ。本部の“極秘”資料には彼女を軍に引き込んだ存在ともされていた。しかし、その所在をロックがいくら探っても、これまで一度も辿り着けることはなかった。
――きっと、“獣臭い男”だと思うんだよな。これは僕の勘だけど、絶対“男”で間違いねぇ。
 気を抜くと緩んでしまいそうな唇を引き締めて、ロックは努めて真面目に聞こえる声を出す。
「この世に最初から“人間の魔物”なんていねえんだ。人型の魔物も、魔物みたいな人間もそこら中にいるけどよ。正真正銘、元人間の魔物なんてものはいねえ」
「少なくとも、“今の時代”はな」
「うるせえ、僕は神話の神は信じねえ。とにかく、『元人間』なんてものを造り出すのは、人間の業しかねえんだよ。エクスカリバーは全てを浄化する魔剣だ。人<出来立ての死体>から『清き魂』の部分だけを抜き取って、それを魔力の塊として使役する形であの召喚獣を形成してるんだ」
「……結局あの魔剣の出所はわからねえってことじゃねえか」
「さすがに僕でも、あの家の人間じゃねえからわかんねえよ」
 言い訳のように出てしまった言葉は、本心だった。
 ロックは確かに、あの家に引き取られた。しかしそれは、あくまでも養子としての扱いだ。しっかりとした教育に、贅沢もたくさんさせてもらったが、唯一、家宝である魔剣のことに関しては、長男であるリチャードにしかその権限は与えられなかったのだ。
 養子で、しかも次男の扱いであったロックには、その魔剣の存在すらも教えられていなかった。特務部隊に配属されて、実の兄の武勇が聞こえてきた頃に、ようやくそのおぞましいまでの魔力を放つ光の存在を知ったのだ。それまでは『光将』という呼び名は、彼の魔力からくるものとばかり思っていたし、その力だけでも充分驚異的な戦闘能力を有していたので納得してしまっていた。
 愛される兄への嫉妬のように、自分自身の言葉が淀んで聞こえたのは、きっとメス犬も気付いているに違いない。
 “家族への愛”の“カタチ”を歪ませてしまっているのを自覚しているのは、なにもロックだけではないのだから。
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