第十章 異に接する都
目的地であるルナールへは、本部の用意した“足”を使っても二日は掛かる。外敵の多い砂漠の横断を決行するためにも、それなりの荷物量になってしまった。
各個人の武装はいつもと変わらず、むしろ弾薬に関しては補給が充分とも言えなかったので、普段より少ないくらいだ。それでもそれを補って余りあるのが、今回の移動に使用する“足”の餌である。
「うっげ、てっきり馬車だと思ってたら、こいつを使うのかよ……」
本部に指定された地点に繋がれたその生物を目にして、見覚えがあるのかエイトが呻いた。その気持ちは資料を読んだだけのクリスでも想像出来るので、ついついまた甘やかすようにその頭を撫でてしまう。
「そうだ。今回、俺達はこの『砂走(スナバシリ)』を使って移動する」
しかし、口に出す言葉にはその甘さ等、見せはしない。本部の決定を告げるクリスに、フェンリルの面々は皆諦めたような無表情だ。残りの四人も見た目からこの後の展開が想像出来るのか、あまり良い表情はしていない。
それもそうだろう。砂走はその名の通り、南部地方の砂漠の上を高速で移動する大型昆虫だ。砂漠に沈み込まない細く長い八本の足を持ち、形状だけならば巨大化した茶色い蜘蛛のような見た目だ。その名があまりにそのままなのは南部の軍が付けた通称のようなもので、本当はもっと長い名称があるらしい。古くからこの地に巣食う魔物のひとつで、あの“砂嵐の伝説”の頃から生息していたとも言われている。
そう、この生物は南部の軍用バイオウェポンだった。野生種も存在することはするが、圧倒的に数は少なく、南部で出会う砂走のほとんどは、南部の軍に所属する思考を“コントロールされているタイプ”か、乗り手を亡くして野に放たれたモノのどちらかである。
軍用に頭を潰されてコントロールされている個体には人を乗せる為の籠が直接身体に“取り付けられて”おり、そこから流れるどす黒い緑色の血流が籠の枠に這わされた管を通ることで、温度差の激しい砂漠に対する“適温”を乗り手に提供してくれるのだ。生き物の文字通りの血潮によって、その快適さは維持されている。
「なんでここに南部の生物兵器が待機してんだよ? こいつら用意したのは本部なんだろ?」
南部の軍は秘密主義だ。それは兵士の武装に然り、バイオウェポンにしても然り。それを心底理解しているエイトがそう問いたくなるのは当然だ。ここに地方間の小競り合いに無知な者はいない。この場所に“南部の軍関係のモノ”があること自体、不自然極まりなくそして――どうにもきな臭い。
「ルナールへの侵入のためだ。俺達フェンリルがそのまま乗り込むのはマズい。なのでまだ南部の軍に籍のあるエイトが、捕虜に扮した俺達を手土産にルナールへ亡命したという筋書きで侵入する」
「あー、なるほどね。“普通の本部の軍人”に扮したお前等を土産に、オレが南部を裏切ったって筋書きか」
「そうだ。あの都はただでさえ東と南で対立している。そこに南側の勢力であるお前が亡命してくれば、確実に水面下では抗争が始まる」
「火種が例え“僕等”じゃなくても、どちらの軍も本部の軍人を手に入れられる絶好のチャンスだからな。そりゃ黙ってても向こうから手を伸ばしてくるぜ」
「その手に掴むのは他の地方の魔力でも身体でもなく、己に向けられた銃口ってか。イイ男いれば良いなー」
目的地に向かう足のことはともかく、目的地への侵入方法については皆の了解を得ることが出来た。この作戦のキモであるエイトの了解を得られたのは大きい。作戦の成否はエイトの演技力に掛かっており、クリスが見る限り彼は自分が納得していればちゃんと演技も出来る人間だと思われる。
「砂走の籠は三つですが、どう分かれるのですか? 確か四人乗り、でしたよね?」
他の地方の乗り物だというのに、相変わらず優等生らしい質問をするルツィアに感心しながら、クリスは皆を一人一人指差しながら、籠の組み分けを行うことにした。
――狭い籠の中で喧嘩されても困るからな……これではまるで遠足じゃないか。
人知れず頭を抱えたくなったクリスのポーカーフェイスに、何かを感じ取った狂犬三匹が小さく笑った。