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第九章 繋ぎ合わせたモノ


 ぞわりと背筋を冷たい空気が撫でて、ローズは思わず両腕で自身を抱き締める。
 陸軍の野望の跡である地下空間にて、ローズは一人、水神への祈りを捧げていた。
 悪意の塊であったあの塔は既に無い。“根本”から浄化されたそれらはもう、清らかさすら感じさせる水源として、この地下空間に“安置”されている。
 これらは、見てくれだけは綺麗ではある。だが、決して飲み水には値しない。人間が飲むにしては“清らか”過ぎる。
 ほんの些細な不純物すら残さずに、ここの水は浄化されている。純度百パーセントの清らかさは、邪な人間には毒である。過ぎた浄化は刃となりえるのだ。
 この地下空間はあと数時間の後には『祈りの泉』と呼ばれるようになるだろう。そう名称することによって、この空間は一般市民から隔離される。これまでの隠匿とは異なり、その存在を公にしたまま隔離することは、これまでの陸軍とは違って市民に寄り添う形を取っている空軍らしいやり方だとローズも思う。
 しかしこの“やり方”を持ちかけて来たのは、愛する光将ではなかった。それよりも遥か上の存在から、この案は文字通り降りてきた。そのためローズには拒否することも意見をすることも出来ない。そもそもする必要もないのだが。
 この空間は水神への祈りの間としては最高だ。光に浄化された水に周囲を満たされた金網の上で、ローズは一心に水神へと祈りを捧げる。
――どうか、どうかこの地を……この世界を守りたまえ。どうか“悪意”の本流を、その清らかなる水流で洗い流したまえ。
 空間の頭上に広がる血染めの大地を想いながら、ローズは祈り続ける。
 魔力の尽きたこの身体での祈りでは、水神への働きかけになどなりはしない。それでも祈らずにはいられなかった。この地を、この世界をじっと見据えているであろうビスマルクの意思が、少しでも理解出来れば……
『水神の哀しみが、お前には理解出来るだろう? その理由を消し去るためにも、私からお前に特命を与えよう』
 まるでその言葉は、任務を与える声には聞こえない程に艶やかで。空気すらも凍らせるその美貌が、王座から言い知れぬ圧力を与えてくる。
 ビスマルクの哀しみは、あの召喚の瞬間、ローズの心の奥底まで流れ込んでいた。その理由は……
――『大地の力』への哀しみだった。あれは……いったい何に対して……?
 神と呼ばれる力の象徴が、その心を痛めていた。それがいったい何のためなのかは、ローズには到底見当もつかない。
 背筋を這いあがる冷気はそのまま。この清められた隔離空間ですらも、今のローズには丸裸の魂の牢獄のように思えた。
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