第九章 繋ぎ合わせたモノ
珍しいこともあるものだ。今、ヤートはリビングにて、クリスから渡された情報端末を“読んで”いる。夕食後に解散した際に渡されたのだが、肝心の本人は「俺は明日の調整があるから、悪いがコレをゼウスに読み込んでおいてくれ。明日以降の作戦内容が入っているデータ端末だ」とだけ言ってさっさと行ってしまった。
珍しいことはクリスが、自分を一人にして説明を怠ったこと。そしてもう一つ、珍しいことがある。
目の前の焔が焼き尽くしたかのような不思議な灰色が、ヤートのことを熱心に見詰めているのだ。
「洗い物、してくれたんだな。すまない。もう部屋で休んでいても良いんじゃないか?」
遠慮がちにそうヤートが提案しても、サクは“珍しく”頑なにその提案を断るのだ。
「いえ、良かったら俺にも……その“作業”を見せてくれませんか?」
なんの邪気もないキラキラした笑顔。年齢の割には幼い印象を与えるのは、童顔という理由だけではないだろう。短い銀髪は真面目な意思を感じさせるし、彼から伝わる雰囲気全体が好青年の空気なのだ。人当たりも良さそうだし、きっと友人関係やその他の周りにも恵まれていることだろう。おまけによく気も利く。
「ああ、それは構わないが……気持ち悪くないか?」
ヤートは今、情報端末内のデータを読み込んでいる最中だ。それは目視にて読む訳ではなく、手に収まる端末からコードを伸ばして、それを項に装着している。決して普通の人間が見ていて気持ちの良いものではないはずだ。
「何がですか? あ、そのコードが刺さっていること、ですか? そんなの、全然! まるで絵本の中の機械兵士みたいで、俺は好きです……あ、すみません。ヤートさんの気持ちも考えずに……俺……」
ヤートのことを励まそうとしてくれたのだろう。ヤートも幼い頃に読んだ絵本に、そんな内容のものがあったことを思い出す。機械を操る王……いや、確かあの絵本では魔王と呼ばれていただろうか……とにかく王が人型の機械兵士達を操る話だったはずだ。自分とサクの年齢は十程違うだろうが、絵本というものの流行りは案外長いらしい。
「その絵本なら俺も読んだことがある。確かに、現実離れした状態だなこれは」
「そんなつもりじゃ……」
「いいんだ。気持ち悪がらずにいてくれるだけでも、俺は嬉しいよ」
「ヤートさん……」
かける言葉を選んでいるのだろう。サクが黙ったのでヤートも特に言葉を発しないまま、時だけが過ぎる。
会話に割いていた意識の割合が、全てデータの処理へと回る。この状態のヤートには、あらゆる感覚器官から入って来た情報が全て脳より先にゼウスへと流れることとなる。感情よりも反射よりも先に、機械による冷徹な処理がなされるのだ。
「俺は……カッコイイと思ってます。それがたとえ他人事で、無責任な言葉だったとしても……俺は、好きです」
サクの言葉がゼウスによって解析される。
――『好き』=好意。仲間としての好意。『カッコイイ』=尊敬。仲間以下同文。『他人事』=他人だから。正解。『無責任』=他人だから。正解。
機械に計ることが出来ることは無限大のようでいて、限られていることもある。人間との対話等、その『心』を持たぬモノにはわかりえない事柄だ。
青き光を発する左目に、サクはどうやら気付いたようだ。そして己の言葉がヤートの心に届いていないことを悟り、そして――
「俺は、好きです」
もう一度呟いた。その告白を、ゼウスは容易く除外して、ヤートの心が『違和感』を叫んだ。
――何が、好きだって?
青が零れる瞳と共に、対となる瞳でサクを見る。
データの読み込みが全て終了し、コードはそのままにゼウスは内容の確認を始めた。
目的地は南東の都ルナール。移動手段は南部の軍に偽装した馬車。作戦に参加する人間は、特務部隊フェンリル。各個人の情報が続き、そのまま情報はスクロールしていく。そして……
「サク……お前の好きは、いったい“何”に向けて言っている?」
ヤートの視線がサクを捉える。そこに浮かぶ冷徹なまでの笑みは、彼の“人間性”を表しているようでいて、まるで“人の暖かみ”を感じることが出来なかった。
彼は微笑む。情報の通りに。人当たりの良い笑顔。軍学校では浮いていた、“対人関係に難あり”の男の笑顔。
対物性愛。その言葉から続く“地獄の日々”の羅列に、ヤートは思わず手で口を覆ってしまっていた。