第八章 歪な群れ
イグムスの脈動が終わったことを確認し、入り口にて軍人の男から内部の説明を受ける。
「この洞窟自体、発見当時からあまり深いものではありませんでした。そのため最深部までは広い空間の一本道となっております。奇襲は警戒する必要がないかと」
「混ざり合ってることを考えると、“兵士”達も最深部に集まってそうだな。他には何か変わったことはないか?」
軍人の顔で会話をしているレイルを、少し離れたところでルツィアは見ていた。
突入後は確実に戦闘が発生するため、手は装備の最終確認をしている。作戦の立案はレイルに任せた方が良いだろう。
――ロックにしろ、レイルにしろ……特務部隊の人ってなんで、こんなにオンオフの差が激しいのよ?
先程までテーブルに寝転がってグダグダ言っていた人間と同一人物とはとても思えない。ちなみにグダグダ言っていた内容は「さっさと切り刻んで帰ろうぜ」だとか「お勉強の邪魔してイイ?」だとか「可愛い顔見てると犯したくなる」だとかだ。
「これは引き継がれた情報ではないのですが、暴走があった当日に、この地方では珍しく流星群が観測されたそうです」
「この砂嵐の視界の中でか? そりゃえらく……」
そこまで言ったところで、レイルの視線が洞窟の入り口へと注がれた。その口元からは笑みが消えており、少しの沈黙の後「なるほどな……」と呟く。
「……どういうことですか?」
傍にいる軍人の男の目を気にして、ルツィアは先輩であるレイルにそう問い掛ける。さすがに本部に報告などはないだろうが、他人の前では先輩は立てるべきだ。
「なーに、どうやら私らの獲物がまだ残ってるって話だ。お前は私の後ろにいりゃ良いんだよ。何も心配すんな」
男の前だというのに彼女はニヤリと笑って近寄って来て、そのままルツィアの頭を撫でてくれる。レイルの方が背が低いのに、ちゃんと守られていると認識させてくるのは、彼女が纏う強者の気配のせいだろうか。
女二人の様子に何の違和感も感じないのか、男は「お気をつけください。内部のセキュリティは全てこちらで解除しておきます」と敬礼する。
「了解だ。二時間で戻らなければこの一帯を隔離後、本部に連絡をつけてくれ」
「わかりました。そうならないように願っております」
頭を下げる軍人の男にレイルは薄く微笑むと、「イイ男にそう言われると悪い気はしないな」と言ってから、腰の双剣に手を添えた。
少しばかり驚いたような顔で頭を上げる男のことは気にならない。ルツィアには、今のレイルの言葉がお世辞だとわかっていたからだ。流れるように好意の言葉を吐くその口には、いつもの悪い笑みが貼り付いている。
――軍の内部にも敵の多い特務部隊だけど、関わった者達の中に熱心な好意を持つ者がいるのも事実。他人<ヒト>の動かし方を、特務部隊は知っているから……
それが自分への態度にも当て嵌まるかと考えたところで、ルツィアの頭ではその答えを見つけることが出来ない。いくら勉強の成績が良かろうが、人の心の動きはわからないのだから。
レイルの手は自身の得物をするりと撫で、そこから左耳のピアスに添えられる。
「こちらレイル。これより突入する」
相変わらずルツィアの耳には雑音すら入らない。目の前の彼女は何度か頷いてから「了解」と短く答え、無線を終えた。
「準備は良いか? 行くぞ」
「はい」
愛用の弓を握り締め、ルツィアは頷いた。目の前の彼女の横顔が血に飢えた笑みを浮かべているのを、ルツィアは見ないようにしていたかった。