落陽異伝 -邂逅
夢小説設定
落陽異伝(らくよういでん)本作品の夢主は「終焉なき」本編と異なる”可能性”を辿った同一人物であり、英国出身です。
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「は?」
思わず中也はそちらを向いていた。後ろ手に回した腕を解き、隣に悠然と座る青年を見つめる。その包帯を巻いた顔を、蓬髪に隠れかけた眼差しを、呆然と見る。
「……わかったのかよ、敵の頭目の異能が!」
「そうだと言ったよ?」
「そんな最高機密、どうやって」
「内緒」
太宰はここぞとばかりに目を細めて口元に指を当てた。く、と中也は顔を歪ませる。これは何を言っても何をしても教えてもらえないやつだ。首領と幹部という関係がこの時ばかりは憎い。殺すどころか殴りすらもできないのだから。
何も言えなくなった代わりに睨み付ければ、太宰は楽しげに頬を緩ませた。
「ふふ、知りたい? 知りたいの中也?」
「教えろって言って教えてくれんのかよ」
「嫌だ」
「んなことだろうと思ったよ!」
「中也が土下座したついでに三点倒立したついでにブリッジしたついでにバック転したついでにボレロを踊って最後に『オ・レ!』って叫んでポーズを決めてくれたら〇・一パーセントの確立で教えるよ」
「リスク高すぎんだろ!」
「千回試行で一回は成功する計算だよ? まあ途中で飽きて見なくなるけど」
「誰がやるか!」
怒鳴った中也に太宰は「なあんだ、つまんないの」と唇を尖らせる。
「じゃあこれは預かっておくね」
そう言って掲げたのは中也の私物であるブレスレットだった。赤の差し色が洒落た革製のものだ。店頭で一目で気に入って当時の少ない給料で購入したのだった。今はあまりつけていないが、大切な代物だ。
「あァッ手前何でそれ持ってやがる!」
「中也の部屋の鍵を開けて入ったらあったから持ってきた」
焦る中也を尻目に、太宰はそれを興味のなさそうな顔で眺める。細かく編まれた革紐を解こうとしたり、むに、と引っ張ったりした。慌ててブレスレットをふんだくる。
「やめろ壊れるだろうが!」
「こんなものを付けたって中也は中也のままだよ。身長も性格も、身分証明書なしで酒が買えないのも」
「何でそのことを知ってやがる……!」
「あれ、今週の会報読んでないの? 今週は、『中也が店頭の商品棚の前で右往左往して財布の中を確認して家のワインセラーの状況を思い出して購入を決意してから、年齢を見間違えた店主に慌ててベタ褒めされたのを真に受けて買う予定のなかったグラスまで買ってホクホク顔で店から出て来るまで』をまとめた増刊号だよ」
「見てたのかよクソ! つかまだ会報出してたのかよ、よくもまあ飽きねえ……おい丁稚、手前は読んでねえだろうな!」
ぐるりと首をまわして、中也は無言になっていた構成員を睨んだ。目を合わせる間もなく素早く顔を背けた彼は「……勿論です、中原幹部」と小さな声で答える。だがその横顔は若干引きつっていた。
「……手前、俺に嘘つこうってのか、あァ?」
「そ、そういうわけでは」
「じゃあ正直に言えよ。読んだのか、読んでねえのか」
敦は完全に硬直した。その顔は「正直に言ったら首が飛ぶし、正直に言わなくても首が飛ぶ」と理解している顔だった。
つまり。
「読んだのかよ!」
「ご、ごめんなさい、ボスから『強くなるにはこれを一読すべし』って言われてて……!」
「あー駄目だよ中也、部下いじめは。処分対象だからね。減給だよ減給」
「いじめてねえよ!」
「いじめっ子は皆そう言う。大人げないなあー、あ、大人じゃなかったか。身長が」
「殺す! ぜってえ殺す!」
ぎゃんぎゃんと言い合いの続く執務室に咳払いが響いたのはその時だった。誰もが、はた、と静止する。
「おぬしらはいつまで経っても変わらぬのう」
コンコン、と両開きドアの表面を手の甲で改めて軽く叩き、赤髪に和装の女性は呆れた様子で柳眉を潜めた。
幹部の一人、尾崎紅葉である。
「ボス殿、あまり中也で遊ぶでない。話が長引いているではないか。中也もじゃ。新人を巻き込むでないぞ、可哀想であろう」
「姐さん、ですが」
「これ、童」
中也の声を遮って、ひょいひょいと紅葉が敦を手招く。敦は戸惑ったようにその手招きを見つめた。
「ボスのお話が終わったのなら早急にこの部屋を出るのが正解じゃな。無用なことに巻き込まれる」
「……ですが」
「ああ、そうだった。一つ言い忘れたままだったのだよ、姐さん」
ポンと太宰が両手を合わせた。
「敦君。ミミックの頭目の異能だけれど、『五秒以上六秒以下の未来を脳裏に映し出す』能力――つまり近未来予知能力だ。君には敵わない相手だから、出会ったら逃げること。一番は出会う前に逃げることだ。常日頃から危機察知能力を鍛えておくと良い」
「危機察知能力……ですか」
「その手の警告は珍しいじゃねえか、太宰」
中也は思った通りのことを口にした。
「敵から逃げろ、とはな」
「それほどの相手だからだよ」
太宰はふと目を眇めた。それは目の前の誰かを不快に思ったわけでもない、太宰の心の内から現れた表情だった。
郷愁、それよりも危機感の強い警戒心。
まるで相手のことを見知っているかのような、それでいてそいつに大切なものを奪われたかのような。
「……奴は亡霊だ」
先程までのふざけた調子が夢だったかのような神妙な顔つきが、そこにある。
「己の望みのためなら相手をも死地へ引きずり込む――呪いを振りまく虚像だよ」