落陽異伝 -邂逅
夢小説設定
落陽異伝(らくよういでん)本作品の夢主は「終焉なき」本編と異なる”可能性”を辿った同一人物であり、英国出身です。
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太宰とクリスは黒い部屋で二人きり、無言で顔を合わせていた。誰も何も言わない空間の中、互いの眼差しを睨み合う。
鳶色と青、異なる二つの色がその奥に潜む相手の本心を探り合う。
「……君は何を変えに来た?」
太宰の声は冷気を伴っているかのように冷え切っている。
「返答次第では殺さなくてはならない。私は、私の計画を壊されるわけにはいかないんだ」
「介入者とはいえ、わたしは誰かの心に寄り添い、誰かの隣に立ち、誰かの選択を後押しする程度しかするつもりはありません」
温度の失われた部屋で、クリスはそれでも震えの一つなく太宰を見据える。
「あなたの計画を乱すようなことは決してしません」
「では何が目的でここに来た」
「人を救うため」
間髪入れずクリスは答えた。
「救われた分、救うため」
「……何?」
太宰が眉を潜める。外套の側面に添えた指がぴくりと動き、声に驚愕の色が乗る。
「救うため……?」
「わたしは結末を変えることができます。心が痛む事象を退け、全ての親しい人に安らぎと平穏と好意を与え与えてもらうことができる、都合の良い存在です。けれどわたしは、……いえ、だからこそ、この世界の異物であるこの身で、あえてこの世界の一員として生きてみたい」
そこで初めて、彼女は微笑んだ。
「この世界の人間の一人として、わたしが望む”わたし”として生きてみたい」
それは確かに微笑みだった。口元を僅かに上げ、目を細めるそれだった。
けれど。
「……君は」
太宰はそれを口に出そうとした。しかしそれ以上の言葉はその唇からは出ず、半開きになった口は何かを求めるようにそのまま数度戦慄いた。
「……君、は」
一度唇を舐め、太宰はようやくそれを告げる。
「全てを知っているのか。自分が外部の利己的な理由によって生じた異物であることも、自分が生存すべきではないことも。本来は……誰に会うよりも早く死ぬべきだったことも」
「普通は知るはずもないのでしょうね。わたし自身は物心ついた時から自覚していたので、せめてこの世界をも破壊するようなことがないようにと立ち回ることができました。異能を隠したり、嘘を言ったり……”彼女”は大戦中に異能を発現させられたために辛い思いをしていましたけど」
太宰が何とか紡いだ問いかけに、クリスは難なく答えた。けれど視線は何かを思い出すのを避けるように宙を泳いでいる。
「……もう、あの思いはしたくありません」
彼女が指す「あの」に含まれた記憶を、太宰は持ち合わせていない。本の外の世界の太宰は彼女を記憶していなかった。それは当然のことだった。彼女は本来存在しないのだから。
そうだ、と太宰は思考を開始する。
この少女は本来存在しなかった。しかしこうして、今目の前にいる。おそらくは今後、太宰の計画に大きな影響を与えてくるだろう。
介入者。世界を壊す者であり、世界を観測する者。
――そうか、と思い至る。
彼女は本来存在しない。であるならば、この世界は。
この、可能性でしかない不安定な世界は。
彼女によって。
「太宰さん……いえ、ボス」
太宰の思考を読んだかのようにクリスが焦点を太宰に合わせる。黒い部屋の中で、湖面を思わせる一対の青が太宰を見つめてくる。
陽光を見上げる時のように目を細めたくなったのは、それでいて反射的に目を逸らしたくなったのは、なぜだろう。
「ミミックの件、わたしに任せてもらえませんか」
その声は幼さが残りつつも凛々しい。
「本来は”太宰さん”のご友人が対処したのでしょう? そう”太宰さん”から聞いています。敵の頭目の異能は彼から聞いてあります、対処は可能です」
「どうして君が?」
「それによって”この世界を乖離させる可能性”が生まれるから」
青は目の前のものを映し出すかのように澄み、照明の著しく少ないこの黒い部屋の中で煌めいている。
「……ですよね?」
その眼差しを太宰は見つめた。久し振りに見る青空を眺めている心地だった。
「……おおよそ君の意見と目的は私と同じようだ。けれど一つ疑問が残る。君がこの世界に執着する理由がわからない。君にとってここは他愛ない可能性の一つだろう? なぜ君は異能を隠して普通の人間として生きようとしなかった? なぜ君は探偵社でもなくギルドでもなく、天人五衰でも猟犬でもなく、このポートマフィアへ来た?」
青空を映した湖面に太宰の姿が映っている。黒いそれは、その眼差しの中に黒い影となって輪郭を落としていた。服の装飾すら判然としない、塗りつぶされた人影。太宰本人にすら湖面に映った己の表情がわからない。けれど彼女は、彼女の光を失わない眼差しは、常時晴れ渡った曇りのない青は、きっと見通している。太宰の本当の表情を捉えている。
彼女は、太宰とはあまりにも違うのだ。
見えているものが、生まれ落ちた世界が、背負っている輝きが。
「君は……光の世界を選ぶこともできたはずだ。なのになぜ君は……こちら側を選んだんだい?」
「それは」
クリスは言葉を途切れさせた。その先を言うか言うまいか、悩んだようだった。結局少女はその唇で弧を描き、何かを懐かしむように目を細める。
「……時が来たら、わかります」
答えるつもりはないようだった。
太宰のため息が二人の間にたゆたう。それを合図に、クリスは銃を拾い上げて立ち上がった。腰にそれを戻し、改めて背を伸ばして己の主に向き直る。
「許可を出す」
凛然と佇む碧眼の少女に、ポートマフィア首領は簡潔に告げた。
「――見せてもらおうか。君の実力を」