落陽異伝 -邂逅
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落陽異伝(らくよういでん)本作品の夢主は「終焉なき」本編と異なる”可能性”を辿った同一人物であり、英国出身です。
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[4. 介入者]
ミミックとの抗争は日に日に激しさを増していた。今日はとうとうミミックがポートマフィアの顧客である事務所や商店街を狙い、爆撃を仕掛けてきた。対してポートマフィアは捕虜の靴裏から採取された枯れ葉からミミックの本拠地を絞り出し――結局そこも他の候補地と同じく彼らの一時的な拠点でしかなかったのだが――その廃棄された気象観測所に置き土産をしている。拷問の末に生まれた人間の残骸だ。見慣れた布きれをへばり付かせた腐りかけの人肉を、軍人としての誇りを抱き続けている彼らはどう見るか、想像に難くない。
ポートマフィアからの血生臭い煽りを受けて、ミミックはさらに攻撃を激化させるに至った。夜にも構わずポートマフィアの縄張りを襲撃、時に一般人をも巻き込む銃撃戦を繰り広げたのだ。ヨコハマという地はポートマフィアとミミックによる大規模抗争地域へと発展しようとしている。
これは緊急事態に他ならなかった。縄張り全域が抗争地域になるのだ、街を礎に益を得てきたポートマフィアには手痛い状況である。街が壊されては仕事ができない。
そうしてこの会議が開かれることとなった。五大幹部会――マフィア全体の今後を決定する極めて強制力の高い意志決定会議。定期的に行われる会議とはわけが違う。そこで行われるのは討論や報告ではない。
決して抗えない、絶対的な命令だ。
「五大幹部会なんてやるものじゃないね」
ぐったりと太宰が部屋の最奥の椅子に座り込んだ。円卓の縁に太宰の顎が隠れる。背が背もたれから離れ腰が座面からはみ出しそうになっているその様子は、マフィア首領という威厳が全くない。新聞に四コマ漫画が載ってないだとか駄菓子がなくなっただとかと言って喚く子供のようだ。
「龍頭抗争以来だったのだっけ? その程度にしておくべきだよねえ、もう腰がゴリゴリして……うぉおう……」
ぐぐ、と椅子の上で器用に腰を反らす太宰を横目に、中也は紅葉へと顔を向けた。
「姐さん、俺はしばらく外に出ています。顧客への警備サポートを緊急システムへ移行するので、それの管理を。おそらくこのポートマフィアビルそのものを狙ってくるとは思えませんが……すぐに駆けつけられる距離にはいますので」
「気にするでない。私の部隊だけでも籠城戦くらいはできる。Aの部隊もおるしのう」
ちら、とその目が見遣るのは後方、会議室の扉だ。今し方とある男が会議が終わるや否や部屋を出て行った。既に姿の見えないそれを目で追い続けるかのように、紅葉はそちらへと不満げに目を細める。
「……あやつがそういった仕事をするのなら、じゃがの」
「あれには期待できないでしょう。ポートマフィアの金庫や倉庫の警備をする、と言ってはいましたが、本人が現場に出るとは思えません」
「あやつのカジノを囮にミミックを捕らえることに成功したものの、今回の件に関してあやつの功績は未だその程度。ポートマフィアの資金の多くを己が支えていると自負しているが、所詮その程度じゃ。幹部としては何かしら処罰を与えるべきではないかのう」
紅葉の目は今度は部屋の奥、うごごと奇妙な声を上げながら腰の凝りをほぐしている首領を見遣っている。しかし先程までそこにあった嫌疑と嫌悪の光は既にない。
「姐さんはAが苦手ですか」
「性に合わぬ。こちらは命を賭して組織に報いているからの、金で組織に報いようとしている輩とは根本的なところが異なるのじゃろう」
「まあ、彼はああいう人だからねえ」
改めて腰を下ろしながら太宰がため息と共に言い放つ。
「利害と保身を一番に考えている点は非常に効率的で悪くない。戦闘だけがマフィアのやることではないですよ、姐さん」
「そうは言うが……」
「彼のことよりもまずは眼前の戦況だ。こちらからの”贈り物”によってミミックは本気でポートマフィアを潰しにかかってきた。顧客を狙われたのは大きい、早急に手を下す必要がある」
「その点については決定しただろうが」
中也の言葉に太宰は頷いた。
「まず第一に保護ビジネスの緊急サポート体制。そして次点で、情報操作だ。組織を潰すには組織の頂点を叩くのが一番手っ取り早い。彼らはポートマフィアボスの位置を死に物狂いで探すだろう。そこに私に関する誤情報を流し、ミミック兵を誘導する。捕縛はもはや意味がない、一つずつ壊滅させていこう。彼らの動きを監視していれば彼らの本拠地の位置が割り出せるだろうし、いっそ頭目一人になってしまえば彼自らが出て来ざるを得ない。彼らの目標が敵の首領であるのと同様、私達の目標も敵の頭目だ」
太宰の口元には微笑みすらある。
「彼らは決して撤退しない。敵がそこにいて、そこに戦場がある限り戦い続ける……自分達が軍人として死ぬことができるのなら逃げも隠れもしない、それどころか敵として相応しいと思った相手を無理矢理にでも戦場へ引き入れる。そういう輩だ。だからこそ、戦いを挑み続ければ彼らは他に目を向けることなく進軍し続け、枯渇していく。既に頭数ではポートマフィアの方が勝ってるんだ。それを最大限利用する」
「手前を囮にか」
「それが最適解だよ、中也。組織の首領としての役割だ。旗の奪い合いで一番に狙われるのは旗手ということだね」
「死にたがりは相変わらずだな」
中也が吐き捨てた言葉に否定も肯定もせず、太宰はただ微笑みを浮かべ続けている。
どこから仕入れた情報かは知らないが、太宰はミミックという組織についてかなり詳しかった。不明だと思われていたその破壊行動の目的だけでなく、その過去、そして頭目の異能までをも知っている。
まるで一度、彼らとやり合ったことがあるかのように。
そのことについて尋ねたことはある。けれど太宰は何も言わなかった。だが太宰が信じているのだ、偽情報ではないのだろうし、信憑性については心配する必要はないように思う。そう思わざるを得ない。
なぜなら、この男はポートマフィア首領――中也の絶対的な主なのだから。
「さて、私は執務室に戻るとするかな。このビルの中では一番安全な場所だ。味方の中に敵が混ざっていなければね」
不吉なことを言いながら太宰は立ち上がる。その背に、銀がひっそりと付き従う。彼女を後ろに従えながら太宰が部屋を出て行こうとするのを、中也と紅葉は背筋を伸ばして見送った。
「あ、そうだ」
扉を一歩跨いだ後、太宰はその足を揃えて立ち止まる。くるりと振り返ったその片目が見遣ったのは中也の赤毛だった。無言で見据えてくる闇色に、中也は言おうとした言葉を丁寧なものに変える。
「……何でしょうか」
「頼み事があるんだけど」
頼み事、とは言うものの、太宰のそれは実質命令だ。
「何なりと」
「呼び出して欲しいんだ」
この時の太宰の顔は、中也でさえも忘れることはできないだろう。
「――一人、ね」
全てを呑み込む漆黒、人の目には捉えられない輪郭のない闇。外套と同様、その蓬髪と同様、全ての光を吸収する色が、太宰の目に輝きもないまま灯っている。