第2幕-続
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近頃のヨコハマではとある事件が話題となっていた。テレビをつけた探偵社には、真剣味のある女性の声が響いている。
『現在、番組が取材した結果をまとめますと、最初の被害者が発見されたのはこちらの、中心街から外れたところにある公園でした。そして第二の被害者はこちら、同じく中心街からは外れた場所の細い裏道。第三の被害者はこの、住宅街の通りでした』
『人通りが少ない場所を狙っているということですかね?』
『そういう風に考えられるのですが、第三の被害者が発見された場所は時間帯次第では帰宅者が多く通りかかりますし、他二人が発見された場所についても全く人通りがないわけではないんです』
『発見者も帰宅しようとそこを通った人ばかりですしねえ』
『はい。そして、遺体の状況なんですが……いずれも激しい損傷のため、身元の確認ができないとのことです』
女性の声が苦しげになる。
「連続通り魔猟奇殺人事件……」
手にした新聞とテレビ画面、両方に共通する単語を読み上げ、敦が肩を硬張らせる。
「また被害者が見つかったって……しかもここから近ッ」
「見せて」
隣で同じ物を見ていた鏡花が、敦から新聞を受け取り、素早くその紙面に目を滑らせる。その間にもテレビは事件の概要を伝えていく。今度は専門家の解説のようだ。
『こういった事件にはポートマフィアの関係が真っ先に考えられますが、それにしても奇妙なものです。何せ被害者は遺体を切り刻まれ、身元の確認も不可能という。いくらポートマフィアとはいえ、ここまでのことをすることは前例がない。ポートマフィアに拘っていると事件解決はなかなか難しいでしょうね』
『けれど彼ら以外にこれほどのことをする人がいるのでしょうか?』
『いるでしょう。殺害という行動には何かしらの行動動機があります。つまりそれさえあれば、誰でもその行動に移ることができるということですよ。問題はその手際ですね。人通りを恐れない度胸、短時間で切り刻む技術、痕跡を残さない注意深さ。只人じゃあない。単独犯ではなさそうですね』
「ポートマフィア以外の人間なんて……一般の人が、ここまでするのかな……だとしたらどんな人なんだろう……」
すっかり体に馴染んだ席に座りつつも、敦は怯えたように身を縮めた。隣で熱心に新聞を見る鏡花とは正反対だ。
「ギャングとか? ヤクザ? いやいやもしかして見た目によらず、ごく普通の人が、いいい今もこの街のどこかに……」
「ばあ」
「うぎゃああああ!」
背後からの太宰の雑な脅かしにも鋭敏に反応するあたり、かなり怯えているらしい。あれでは太宰の格好の餌だ。
呆れつつも国木田はキーボードを打ち込む手を止めない。止める時間がもったいない。
「この事件、なかなか面白いことになっているようだねえ」
「お、面白いって……」
太宰の一言を敦が呆れ混じりに反芻する。太宰はそんな敦の反応など全く気にせず、鏡花が手にする紙面の内容をそらんじた。
「遺体は解体されつつも全て現場に放置。どの被害者も死亡から数時間後には発見されている。目撃者はなし」
「……そ、それが何か……?」
「手際が良すぎる」
太宰の代わりに鏡花が簡潔に答える。
「解体は慣れていないと時間がかかる」
「……えっと、つまり……?」
「犯人は相当の手練れということだよ」
太宰が淡々と言う。
「現場はどれも裏路地という人気のないところとはいえ、ここは街の中心地だ。全く人通りがないわけではない。そんな場所で犯行に及ぶには?」
「……短い時間で、早く済ませる……」
「そう。鏡花ちゃんの言う通り、解体っていうのは力仕事だし、慣れていないと相当時間がかかる。けれど犯人は全く目撃されていない。手際が良くて時間の把握もしている――つまりプロの仕業だと考えられる」
「それなら探偵社に捜査依頼が来そうですけど……乱歩さんもいるわけですし……」
ちら、と敦が窓際の机を一瞥する。
今は駄菓子の買い出しに出ていて不在だが、確かに乱歩ならばすぐに解決に導けるに違いない。本人もうずうずしているだろう。もしかしたら既に、勝手に解決しようとしているかもしれなかった。
「でも、依頼は来てないんですよね?」
敦の言葉に国木田は頷く。
「ああ。それは俺も気になっていたが……」
「上も揉めているみたいだよ」
太宰が口を挟む。
「軍警と、市警と、異能特務課が」
「特務課だと?」
思わず声が出てしまったのは、それが予想外の名だったからだ。
太宰の言葉に驚いたのは国木田だけではない。その場にいた全員が、太宰を見た。
「異能特務課? なぜです?」
敦が目を丸くしながら問う。
「異能者の関与が疑われているからさ」
どこからその情報を仕入れてきたのか、太宰は政府の内部事情をあっさりと続けた。
「本来なら事件となれば市警が担当だけれど、今回のこの事件はとても市警の手に負えるものではない。となると軍警が動かざるを得なくなる。その一方で事件の特異性に注目したならば異能者の関与も考えられる。でも今回の事件の犯人に当てはまりそうな異能者のデータがない。となれば特務課が首を挟む必要が出てくる。……とまあこんな感じで、誰が管理するかなかなか決まらないようなのだよ」
「それでうちにまだ依頼が来ていない、ということなんですね」
「まあいずれは来ると思うよ。依頼者が市警か軍警か特務課かはわからないけれど」
「けど、何が目的?」
鏡花がふと思案する。
「解体されてはいるけれど、何も取り出されてはいない」
鏡花の呟きに太宰が頷く。
「うん、そう書いてあるね。なら、臓器売買の関与は薄い」
「えっと……そのくらい憎い相手だったとか、そういう可能性は……」
敦が恐る恐る口を出す。が、ぴしゃりと鏡花に否定された。
「これは無差別殺人。相手への感情は無関係」
「そ、それもそうか……いや、無差別と見せかけて実は、とか……!」
「その可能性は低いと思う」
「え、えっと、何で……?」
「『通り魔殺人』だから」
「敦君の言う通り、犯人が被害者と自分との関係性を隠すためにこれほどのことをした可能性はあるけれど」
太宰が鏡花の補足をする。
「考えても見たまえよ。いつ人が通るかわからない路地で手間のかかる解体殺人をするよりも、その人をおびき出して人気のないところで殺害、遺体を解体して遺棄した方が楽ではないかい?」
「た、確かに……?」
「つまり……目立つのが目的?」
「話題性か、なるほど。このヨコハマでも、身元の確認ができないほどの状態の遺体が量産されることはそうそうないからね」
二人の会話は元ポートマフィアとあってかなり写実的だ。敦は一人置いていかれている。
というか太宰はなぜ自分の仕事机から離れてそんなところにいるのか。怒鳴ろうにも鏡花と真剣に考察を重ねているようなので口出しができない。正しくは、鏡花が太宰へ真剣に話しかけているのだが。
「敦、暇なら手伝え」
「あ、はい」
一人置いていかれた少年に声をかける。手が空いているなら有用に使ってやるのが優しさというものだ。敦はどこぞの太宰とは違い、素直に国木田の机へと来る。
「えっと、何をしましょう?」
「報告書にこの表を載せたくてな、作ってくれるか」
「見積もり表ですか?」
「ああ。警備の形態、人数、それによる金額の差を記している。手本なら昨日渡した以前の報告書の巻末に挟んであるはずだ」
「わかりました」
紙に記したメモを手渡し、それを表計算ソフトに入力する雑務を頼んだ。敦はすんなりと頷き、自身の机へ向かっていく。初めは機械の使い方を何も知らなかったようだが、今では簡単な操作なら一人でできるようになった。若者の成長は著しい。
「……でね、その時国木田君ったら大声で懐中電灯を手帳から出してさ」
「なぜ? 夜の建物に明かりはいらない」
「国木田君は眼鏡だからねえ」
「……何を話している、そこの包帯付属品!」
話題が連続殺人事件から良からぬ過去話に移行している。また妙なことを教え込もうとしているのか。
机から勢いよく叫んだ国木田に、太宰は「ああ、耳は聡いんだった」とか何とか言って肩をすくめた。わざと国木田にも聞こえるようにしていたくせに白々しい。
「話が終わったなら仕事に戻れ」
「国木田君の小言を聞いていると『耳にタコができる』って諺が本当だなと思うよ。ああ耳がコリコリする。これタコかなあ」
「それはタコではない。耳は軟骨だぞ、当然だろうが」
自分の耳をくにくにと揉むこの男はそんなことも知らないのか。
呆れる国木田に太宰は「なるほどー」とのんびり耳を揉み続けている。わざとらしいが、阿呆の真似をしているのか本当に阿呆なのかは判断がつかない。
「ところで国木田君」
両耳から手を離さないまま、太宰がふらりと自分の席に戻った。カタン、と椅子が太宰の重みを受けて音を鳴らす。
「護衛任務の方はどうだい?」
「問題ない。昨日資料を依頼人に提出して」
「違う違う、そっちじゃなくて」
「……ああ」
クリスの方か。
「問題はない。稀に買い物を挟むが、ほぼ毎日仕事場とホテルを往復するだけだ。太宰の言う通り周囲の人物にも気を配っているが不審な影はない」
「うんうん、じゃあ国木田君、今後もその調子でよろしく」
「偉そうに言うな。……太宰」
「何ー?」
低く呼んだ国木田に、太宰はにっこりと応じる。何を言おうとしているか知っていてその反応か。睨みつけるも、その緩い顔つきは何ら変わりなく国木田の言葉を待っている。
ため息をつき、目を逸らした。
「……なぜ俺なのだ。これは彼女が探偵社に依頼した任務だろう。人間一人の護衛程度なら敦でもできる」
「君が一番適任だからじゃない?」
「どういう意味だ」
「だって皆、燃え尽き症候群でだるだるーだもの」
だるだるーと言いつつ太宰はずるずると腰を滑らせ、後頭部を椅子の背もたれに乗せた。
そうだった。今の社員は皆、ギルドとの戦いが終わったのを機に、階下の喫茶に常時たむろするほど気力抜けしているのだった。だらしがない。
「……今日からの日課に『喫茶うずまきへの巡回』も入れておかねばな」
「えー……」
手帳に書き込む。仕事がたくさんあるというのは素晴らしい。満足げに頷き、国木田はパタンと手帳を閉じた。