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宴は夜遅くまで続いた。元気な者以外は酔い潰れたり帰宅したりしている。
クリスもまた、探偵社を後にして建物の外へと来ていた。
しかしそれは帰宅のためではない。
ひやりとする夜の空気を肌で感じつつ、
クリスはあらかじめそこで待ち伏せていたであろう男を一瞥する。
「……それで、わたしをあの場に招待した理由は?」
「理由? ないよ。君はギルド撃退に貢献した、だから招待した。それだけさ」
「ご冗談を。……話があるのでしょう?」
クリスの断定的な言葉に太宰は微笑みを絶やさない。
「――君も予想がついているだろう?」
ビルの外壁から背を離し、太宰は
クリスへと体を向けた。暗闇の中でその姿は輪郭を朧げにしている。
闇から生まれたかのような陰鬱さを背負いながら、男は口端を僅かに上げている。
「今後の話だ。実は先日の
詛いの異能の時、君の行動が政府機関に把握されてしまっていてね。正体が不明瞭なまま海外に逃亡となると、彼らは君を指名手配するかもしれないことがわかった」
「あなたが教えたのでは?」
クリスとて無計画に事を起こしたわけではない。あの混乱の中、誰が何をしたかなど誰も見ていなかったはずだ。
クリスの問いに太宰は答えなかった。ただ、そこに佇んでいる。
「一つ、提案だ。君の情報を政府に渡す。全てではなく、ある程度誤魔化したものをね。一般人としての情報を彼らに与えることで、君は安全にこの街から離れられる」
「そうやってわたしを一定期間この街から出さないようにするということですか」
「誤解だよ、
クリスちゃん」
太宰の笑みは薄い。
「私は君のことを考えてあげているのだよ?」
それは、どうだろうか。
目の前の闇色の男を見つめる。彼は動じず、ただ
クリスを見つめ返してくる。闇と青の交錯、思惑の探り合い。音のないやり取りが、交わされる。
「……わかりました、従いましょう」
ため息一つの後、
クリスは肩をすくめて言った。
きっかけは何であれ、政府が
クリスの存在を認識したというのは非常に問題だ。火種は残せない。確実に揉み消す必要がある。太宰が何を考えているかはわからないが、太宰が提示した方策は
クリスにとって悪いものではなかった。
「けど、一つ忠告です」
クリスは太宰を睨み付けた。
その闇色の目を、何かを考え策している男の目を、射抜く。
「わたしを利用することは考えないで。……この身はあなたの大切なものすらも壊してしまう」
「肝に命じておくよ」
ヒラリと手を振って太宰は背を向け、探偵社の中へ戻っていく。その背を見送りながら、
クリスは自らの服の裾を強く握り締めた。
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第2幕-続