第2幕
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***
ボロ屋の中を歩きながら、太宰と中也は悪口の応酬をとめどなく繰り返していた。中也の背には呪いの異能者、夢野久作――Qと呼ばれる少年。太宰の手には呪いの発動源である人形。
「くっそ、太宰が腕怪我してなかったらこんなガキ、太宰に寄越したってのに」
「気遣ってくれてどうもありがとうね中也」
「ふざけんな。『いやあ私今腕が使えないんだよねえ、おやおやこんなところに丁度良い荷物持ちがー』とか言ってた口で何言ってやがる」
「違うよ中也、私は『おやおやこんなところに荷物持ちに丁度良い帽子置き場がー』って言ったのだよ?」
「荷物持ちに丁度良い帽子置き場って何だよ」
「中也」
「手前ちょいとそこに立てや、蹴り飛ばしてやる……あークソ」
気を失っているQが中也の肩からずるりと落ちてくる。背負い直した中也へ太宰は「おや」と声を上げた。
「もしかして中也、肩怪我した?」
「あのネズミ野郎に外されたんだよ。もう嵌め直してるけどな」
ネズミ野郎、というのはクリスのことである。詛いを止めるために敦の元へ向かった太宰を援護するため、中也がクリスと対峙した。中也の到来は予想がついたのでその場のノリで全て任せたものの、まさか怪我をするとは。
「ふーん」
「そっちから聞いておいて興味なさげにすんじゃねえよ。……あの女は何者なんだ」
声が低くなったそれは、中也個人としてではなくポートマフィアとしての問いか。
ならば、と太宰は肩をすくめてみせる。
「さあ」
「ボスはあいつを『厄災』だと言った」
厄災。
ふと目がQへ向いてしまったのは無意識か。
「あいつは精神操作の異能じゃねえ。じゃあなんで厄災なんて呼ばれていやがる」
「知らないよ、森さんが勝手にそう言ってるだけでしょ」
「太宰」
先を行っていた中也が立ち止まっていた。立ち塞がるような立ち位置。ああ、これは厄介だ。
「……教えろ。あの女は何なんだ」
答えなければ、彼は太宰を先に行かせない。諦めたように太宰はため息をついてみせた。
さて、どう答えようか。
少し考え、太宰は最も簡潔な言葉を回答として言うことにした。
「――イレギュラーだよ」
「イレギュラー?」
「この世界にあってはならないもの、この世界の未来を紡ぐ糸にはなり得ないもの――認知されてはならないものだ」
「手前、どういう意味」
「あーなんかちっちゃい人が何か言っているなあー」
「誤魔化すんじゃねえ!」
無視し、とことこと先へ進む。Qのおかげで両手が塞がっている中也は太宰を止めることができない。
「クッソ!」
「はいはい大人しく付いてきてくださいねー」
「人をガキ扱いすんじゃねえ! 俺の先に立つな木偶の坊!」
ずかずかと階段を三段飛ばしで進み、あっという間に太宰を追い越す。相変わらず煽りに弱い。
ともあれ話を逸らすことはできた。中也もこれ以上太宰から何も聞き出せないことを察しているだろう。それで良い。知る人が少なければ少ないほど良い。
「……彼女はそういう存在だよ」
今の同僚へ、太宰は呟く。
「それでも君は彼女を見捨てないのだろうね、国木田君」
***
月明かりが部屋に射し込んでいる。それを背に浴びつつ、国木田は押し倒している女へと低く囁く。
「……わかっていないようだから言うが」
青の目を覗き込む。絵の具の塊のようなそれを、その奥を、見つめる。
肩を押さえていた手で、シーツに散らばる亜麻色を掬い上げる。それを軽く指で梳き、そして指を頰へと移してなぞるように触れる。クリスが微かに顔を背ける。くすぐりから逃げるようなその仕草に思わず微笑んでしまってから、国木田は告げた。
「――客が舞台女優を襲うのはマナー違反だ」
こちらを見上げる青が見開かれる。
「……え?」
「俺が礼儀のわからない男だと思っていたのか」
「え、いや、そういう意味じゃなくて、今のわたしは舞台女優じゃなくてギルドの諜報員で、だから、その」
「あなたはあなただろう、クリス。以前も今もな。忘れるだの何だのとわけのわからないことを言うな」
青に国木田が映り込む。透明なそれへ、言い放った。
「俺は言ったぞ。どこにも行かないのなら忘れるわけがない、とな。それにこうも言ったはずだ。――何があっても俺はあなたに会ったことを後悔しない、と」
瞬間。
青が、緑を孕んで揺れた。
ああ、そうだ。この色だ。
「……どうして」
「決まっている」
クリスの目に光が宿る。それは強引に被せられていた蓋が外れたように、花開くように、その青へ広がっていく。
彼女は耐えていたのだ。
国木田から疎まれるように、探偵社から拒絶されるように。
彼女の本当の願いは、その目に隠されていた。
「――あなたは俺が守るべき市民の一人だからだ」
それが答えだった。全てへの答えだった。国木田が何度も彼女を助け出し、信じ切り、裏切りを知った後でも助けようとしてしまった理由。これ以外にあるはずもない。
彼女が敵であろうと異能者であろうと、彼女は彼女なのだ。忘れることも、後悔することもない。疎むことも蔑むこともない。
彼女がクリスであり、クリスが守るべき市民の一人であるならば。
だから、どうか。
その湖畔の眼差しのまま、こちらを見ていてくれ。