第2幕
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***
「フィッツジェラルド様?」
オルコットの声にハッと我に返る。己の部屋で彼女の持ってきたヨコハマ焼却作戦の報告書に目を通していたのだが、今開いているページは既に読んだ記憶がある。いつの間にか手が止まっていたらしい。
ああ、と適当に答え、フィッツジェラルドは報告書の読書を再開した。
「今回も分厚いな……目が疲れてきた」
「す、すすすみませんッ!」
「冗談だ。……とすると今夜あたりスタインベック君達の元に探偵社が来るわけだが」
「準備は終えているとのことです」
「ふむ、やはり俺の部下は優秀だ」
顎に手をやり、頷く。フィッツジェラルドの部下は皆素晴らしい働きをしてくれる。今回の遠征は時に苦戦しつつも順調に事は進められていた。
この調子なら明日にはこの街が手に入る。望んだものが、この手中に収まる。だがしかし、その時のフィッツジェラルドの隣には。
――彼女はいない。
「フィッツジェラルド様……?」
再び声をかけられてしまう。また手が止まっていたか。諦めて報告書を机に叩き落として立ち上がった。突然のボスの行動に怯えてかオルコットは肩を小さく跳ね上げさせる。
そんな彼女に目もくれず、フィッツジェラルドは窓辺から見える街並みを見下ろした。
「……クリスは」
「……行方が知れないままです。探偵社と戦っていたという目撃情報もありましたが……」
オルコットの小さな声が小さくなっていく。
「……あの、フィッツジェラルド様?」
「なぜ俺がここまで彼女に固執するか、君にはわかるか」
「え? えっと……いえ」
驚き戸惑いながらも答えた部下に、フィッツジェラルドは鼻で笑う。その嘲笑じみた笑いはオルコットに向けたものか、それとも己に向けたものか。
「……彼女にはここにしか居場所がないからだ」
彼女は強すぎる。そして、負いすぎてもいた。その異能力は世界を滅ぼし得る。あの力を求める者は、フィッツジェラルドだけではない。
「彼女は祖国に追われている。生きる機密情報としてな」
その身に宿した国家の謀略は、決して流出が許されないもの。良からぬ者が知れば再び戦火が世界を覆う。
彼女は厄災だ。〈本〉と同じく、力ある誰かに管理されるべき存在。この世にあってはならないもの。それは彼女もわかっていた。わかっていたから、初めて会った時でさえ、フィッツジェラルドが問い詰め追い詰めるまで彼女は身の上を話さなかった。
クリスは自身が秘匿されるべき危険そのものであることを、幼い頃から承知している。そんな彼女に異能力の武器としての使い方を教え、幼鳥を飼うようにその手で外部から守り通した。結果、彼女はギルドという檻の中で安全と平穏を手に入れた。
彼女を救うために必要なものは全てここにあった。追われる立場であった身寄りのない少女が求めるであろうものは、ここにはあったのだ。
「俺には力がある。権力があり、地位があり、金があり、知恵がある。ギルドならば彼女を管理し外部から守りきることができる。……それ以外のものを望むとは思いもしていなかった」
――君のやり方は間違っている。
久し振りに見た青を、しばらくは忘れられそうにない。フィッツジェラルドをあれほど強く非難してきたのは、後にも先にも彼女だけなのだから。
今のギルドにはフィッツジェラルドに面と向かって抵抗してくる輩はいない。けれど彼女は違った。いつもフィッツジェラルドに不満を言い、批判し、文句を言いながら共に敵へと向かった。
唯一の存在だったのだ。
けれど、もう隣に彼女はいない。手放してしまった。妻を取引に使われたことに動揺しすぎてしまったのだ。敵が死ぬことすら恐れていたあの気弱な子供が、元上司の愛する者を取引条件に出してくるなど――考えもしなかった。けれど思えばそれは良い結果だと言えるだろう。
彼女のためを思って彼女をギルドの道具とした。強者の側につかせ、強者となるよう指導した。それで良いはずだった。敵の家族を取引に持ち出すなど、強者の鑑ではないか。彼女は強くなった。ギルドにいた頃よりも、強く。
ならば彼女はもうわかっているはずだ。自分の居場所を、自分がいるべき場所を。
けれど、彼女はまたもやギルドを離れた。
どうしても叶えたい夢があるのだと、そう言って。
――あの人だけは、あの人の夢だけは、安全な鳥籠を捨ててでも、不釣り合いな光の世界に身を晒してでも……誰かを利用してでも、守らないといけないんだ。
夢、か。
そんなものにまだしがみついているのか、君は。
何も変わっていない。確かに彼女は成長したが、しかし何も変わっていないのだ。そうしてまた彼女は周囲を焼き尽くし一人立ち尽くすのだろう。
ならば、わからせるしかあるまい。彼女がどこにいるかは不明だが、死んでいないことは明らかだ。
彼女は死ぬことを許されていない身なのだから。
「……オルコット君」
部下の名を呼び、フィッツジェラルドはそちらへ顔を向ける。
「ヨコハマ焼却作戦第二段階に入る前に、して欲しいことがある」