第2幕
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***
密会の場所は公園だった。無風の中、風車が立ち竦んでいる。長らくこの街に住んでいる国木田だが、このような場所があるとは知らなかった。
周囲は規則的に植えられた木々、そして整然と建てられた四角い建築物。緑とコンクリートの中で、二組織が向かい合っている。
あれが、と国木田は止めていた息を強引に吐き出す。向かいに立つのはポートマフィアの首領。背後に黒蜥蜴を従えているその男は、マフィアを束ねているとは思えないほど線が細い。
だがその眼差しは鋭かった。福沢の持つそれとは異なる。敵を射すくめ身動きを封じるのが福沢の目ならば、ポートマフィア首領の目は相手の敵意を揺らがせ削ぎ取るものだ。
その双方が動いた時、国木田は何もできなかった。福沢の姿が谷崎の【細雪】による立体映像だとわかっていたせいもある。が、それをわかっていても動けなかった、と表現するのが適切だっただろう。
それほどまでに、緊迫していた。それほどまでに、空気に呑まれていた。
――緊張するかい?
密会に挑む前に太宰に言われた一言を思い出す。
緊張というのは極度のストレス状態だ。あらゆる修羅場でそれは国木田にのしかかっていた。けれど国木田はそれを乗り越えてきた。だから自信がある。己が二組織の長が対峙しただけで緊張するほど、場慣れしていないわけがなかった。
けれど、動けなかった。
これが長というものなのだ。組織を従え引き連れる者の威厳なのだ。
その中で堂々と振る舞う福沢の背が、眩しかった。
「実に素晴らしい部下をお持ちですね、福沢殿」
メスを仕舞いつつ、ポートマフィア首領が心底楽しげに言う。
「飼い犬といい、手駒に優れている」
「飼い犬?」
福沢の反芻した言葉に、ポートマフィア首領は頷いた。
「ええ。外ツ国生まれの子犬ですよ。ネズミと呼ぶのが正しいでしょうが。先日そちらの社員がそれを駆除したと聞きました」
「な……」
声を出しかけて、必死に喉の奥に言葉をしまい込む。何を指したのかなど、聞く必要もない。
彼女だ。
彼女のことを、ポートマフィア首領が把握している。
飼い犬、ネズミ、駆除。その言葉を敢えて選んだのだろうマフィアの長は笑みを絶やさない。
「ネズミに覚えがあるようで? 福沢殿」
「……生憎、我が社にはネズミはいない」
「なら良かった。あれは駆除すべきものでした。手放すのが正しい。殺すのが正しい。彼女は厄災そのものですから」
厄災。
「……どういう意味だ」
その問いは福沢のものではなかった。喉が声を発し、それが音となって耳に届いて初めて、国木田自身が発した問いだと気が付く。我に返るより先に、視線がこちらへ集まった。
「そのままの意味ですよ」
ポートマフィア首領が、福沢に答える口調のまま言い――しかし視線は国木田を捉える。その目が細められたのを見、国木田は身を硬くした。
蛇だ。
獲物を選ぶ、蛇の目だ。
「あれは己の周囲全てを滅ぼし得る力。その身の内に飼っていたのなら、やがて内側から食い破られるでしょう。まあ」
蛇の目が再び福沢へと向き直り、にこりと笑みを作る。
「それも面白味はありますがね」
楽しい会議でした、と首領が背を向ける。その後頭部を見た瞬間、冷や汗が首筋を撫でた。呼吸が再開されたのを知ると同時に呼吸を止めていたことに気が付く。
まさに蛇に睨まれていた。少しでも気を緩めれば喉元に食いついてくるかのような静かな殺意が、ただ視線を向けただけで国木田を木偶へと変えたのだ。
あれが、ポートマフィア首領。
その首領が口にした、厄災という言葉。
国木田の知らない彼女を、ポートマフィアは把握しているというのか。
「……彼女が何だと言うのだ」
脳裏に、立ち去る彼女の赤いスカートを思い出す。同じ赤で汚れた彼女の姿を思い出す。それを抱えた感触を、太陽に輝く亜麻色を、そしてそれを作り出した銃の重みを思い出す。
一発の銃声が、また耳元に聞こえてくる。
この音はきっと、一生忘れることができないまま、国木田の中に留まり続けるのだ。