第2幕
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後から思えば、なぜこの時「ギルドの人間だから倒す」「市民の平穏を害する存在だから倒す」ではなく「彼女を救わねばならない」と思っていたのか。とにかく彼女を止めなければという思いで頭の中は満ちていた。
理由はわからない。だが、この時点でただ一つだけわかっていたことがある。
彼女がギルドの人間だというのなら、なぜ詛いの異能が無効化された後も刃向かってくるのか。詛いの異能により疲弊した探偵社への追撃か――否、であればポートマフィアも狙うのが筋だ、あのポートマフィア幹部を生かして帰す理由がない。ならば探偵社への個人的な敵意か――否、であればギルドとの戦いの最中に戦場へ駆けつけ谷崎や国木田の手当をするようなことはしない。「死を軽んじるな」と泣きそうな顔で訴えてくることもしない。
わかっている、知っている、見覚えがある。これは、彼女のこの行動の理由は、思いは。
――彼女もまた、本当はこんな事件など起こしたくなかったのだ。
異能力で作り出した鉄線銃をクリスへ、その頭上へ向ける。
発砲。
その先端は風を切って真っ直ぐに飛んでいく。その先にあるのは。
「頼むぞ――賢治!」
一枚岩のようなアスファルト片を掲げる賢治の姿があった。道路から引き剥がしたのであろうその瓦礫を、賢治は放り投げる。クリスの頭上目掛けて投げられたそれへ、鉄線銃が食い込む。その広い面積で暴風を受け、瓦礫が勢いを弱める。凧のように宙に浮いたそれを壁に、国木田はワイヤーを巻く。
飛翔、彼女の頭上へ到達。ワイヤーを巻き切る前に鉄線銃を手放しクリスのそばへ着地する。遠くで瓦礫が鉄線銃もろとも吹き飛ばされ地面へと突き刺さった。
それを横目で見た国木田の視界にちらつく雪。
ようやくクリスが事態を把握する。
彼女を包むように降り注ぐその雪の意味を、それが映し出していた偽りの映像の真意を、そして――背後に立つ敵意を。
胸を押さえたまま、クリスが振り向く。その目が国木田を捉える前に、腰から取り出したものを構え、彼女の柔らかな亜麻色へ向ける。
振り向いた彼女の痛みに潤む目に、自分の姿が映り込む。
「……くにきださん」
「すまない」
満身創痍の少女へ、国木田は銃を向けていた。
手にしたのは、黒い拳銃。これはかつて、太宰の入社試験の際に福沢から手渡されたものと同型。探偵社を害する者を撃つための、武器。
――仮にあの娘が敵の間諜であったならば、我々に向けるその目に敵意が宿ったならば、討て。
そう言われて渡された重みのあるそれを構えた自分の姿に、クリスが慄く。
その青を、何度も目にした。その青が緑を伴って輝くのを何度も目にした。はっきりと思い出せる。
美しかった。
けれど、その青に今、浮かんでいるのは――国木田への恐怖。
今目の前にいる彼女は国木田の知るクリスではない。同時に、彼女の目の前にいる国木田も、彼女の知る国木田ではないのだ。
いつも楽しげに名を呼んでくる唇が、何も発声しないまま閉ざされるのを見ていた。そして、亜麻色の髪が揺れて、その伏せた顔を覆い隠していく様子も。
その静かな諦念を壊すように、引き金を引く。
――銃声は暴風に掻き消えた。
倒れこむ小さな体に呼応するように嵐が止んでいく。静けさに包まれた中で、国木田は膝を落とした。硝煙を纏う拳銃を傍らに置き、目の前に横たわるそれに手を伸ばす。
いつもなら拒むように硬くなる体は触れても反応がなかった。腕に抱けば、無反応のそれは人形のようにされるがままになる。
白い和装の女性を思い出した。床に広がっていく赤を、その上に散らばる黒の髪を、微笑みを浮かべた唇を。あの女性とは似ても似つかない別人の少女へ、国木田は目を落とす。閉ざされた瞼を撫で、そのまま頰へと指を置く。
ふと目を覚まして、その青と緑の映える眼差しがこちらを見上げてきそうな気がした。
けれど。
少女は動かない。彼女の体から流れ出した血が足元に溜まり、広がっていく。段々と冷えていく体から何かが抜け出しているかのような錯覚。それを留めるようにそっと胸に抱く。
太陽が雲間から姿を現す。あたたかな日差しに亜麻色が輝く。透き通るかのようなそれを、目を細めて見入った。
「……クリス」
その呼び声に答えるものはない。