第2幕
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***
太宰は駆けていた。その足元には絶えず溝が刻まれる。クリスの鎌鼬は太宰を逃すことなく追ってきていた。中也との戦闘が開始された直後、それは太宰を追ってきたのだ。まるで生き物のように――異能生命体のように。しかし異能生命体だったのなら所持者との距離が影響してくる。この鎌鼬の群れは太宰がどれほど駆けても衰える様子がない。
異常だ。彼女の異能力には制限がないのか。
けれど彼女自身には制限がある。体力、筋力、その他の制限が人間の体にはある。それが今の彼女の異能力発動状況にどう影響しているのかまではわからない。が、無関係ではないだろう。そのはずだ。所持者と無関係に発動する異能など、ただの暴力ではないか。
「後は中也がどこまでやってくれるかだけれど……」
中也とクリスの異能の相性を考えれば、遠距離攻撃の可能なクリスの方が優勢だろう。しかし中也には戦闘経験がある。近距離戦を主とする戦闘員の強さの共通点は、自分の得意な距離に持ち込む手際の良さだ。捨て身の覚悟で敵の眼前に飛び込み、その拳を叩き付ける度胸と腕力が中也にはある。問題はないだろう。しかしクリスの、この異常な異能がそれを上回る可能性も捨て切れない。
何はともあれ、早くQの異能を無効化しなければ。
不自由な腕で走る太宰の視界がふと陰った。何かが上から降ってくる。反射的にしゃがみ込んだ太宰の頭上を車が横切った。
鉄の塊が地面に衝突し、火花を散らす。まずい、と思った瞬間、太宰の目の前で車が閃光を灯した。気化したガソリンが一気に燃え上がり、爆発的に膨張、爆風が太宰を吹き飛ばした。地面に叩き付けられ、そのまま横転。指をマンホールの模様にかろうじて引っかけ地面にしがみついた。爆風が収まるまで伏せ続ける。瓦礫が髪の先を擦過していく。
やがて爆風はそよ風に変わり、カラカラと破片を地面に転がす程度に弱まった。ゆっくりと体を起こし、太宰は周囲を見回す。
鎌鼬の気配が、ない。
「……爆風で掻き消えたか」
場の気圧が変化したせいだろう。立ち上がり、太宰は空を見上げた。爆撃音と同時に近くの通りで煙が立つ。おそらく白鯨から敦への砲撃だ。この音と煙が近付いているということは、敦がこちらへ近付いていることを暗に示している。太宰はそちらへと足を踏み出した。
――瞬間、敵意が太宰の後頭部を貫いた。
振り返った太宰の頬を風が通りすぎていく。突風が吹き付けてくる前兆。太宰は瞬きをする。瞼の裏に銀の風が光る。全てのものを切り裂く刃――しかしそれは太宰の鼻先へ斬撃を叩き付けると同時に霧散した。
壊れた街並みを彩るように、太宰の視界に銀色がきらきらと散る。名残を惜しむように、届かぬ刃を惜しむように、せめてもの一撃を誇るように。
何かに耐えながら敵意を向けてきた少女のように。
諦めに似た様子で。
「……クリスちゃん」
彼女は何者なのか。太宰の中には憶測がある。けれど確信がなかった。並外れた異能と自らを追い詰める行動、太宰への――探偵社への見せつけるような裏切り。そこに繋がりがあるのは確かだ。けれどまだ情報が足りない。
――彼女は何かを隠している。
爆撃音が爆風と共に太宰に迫る。近い。歩み出した太宰の視界で一台の燃料輸送車が爆ぜた。閃光、熱風。軽く顔を庇った後、太宰はそちらへと歩み寄っていく。そして、煙立つ中に横たわる人影を見下ろした。小柄な体、白髪、見慣れた衣服。太宰が探し求めていた少年。傍らに跪き、倒れたその体の指差す先にあるものに触れる。それは不気味な笑い声を宙へ溶かしながら霧散した。
これで終わった。
否、区切りがついた。
太宰は未だ人形へと必死に指を伸ばす彼へと微笑む。
「君の勝ちだよ、敦君」