第2幕
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***
梶井の襲撃が失敗に終わったという報告に、森はただ目を細めただけだった。
「……クリス・マーロウか」
その名を名乗った少女の声を思い返し、森はソファに背を預ける。床ではエリスがお絵かきに勤しんでいた。
「彼女の手の内が見えない状態でその存在を消すのは難しいようだ」
突然の電話は予期せぬものだった。この戦争は森の思惑通りに進んでいる。だのにここに来て予定外の存在の登場とは。
クリス・マーロウ。
ギルドの赤毛の少女に襲撃された際に見た彼女の姿は凛としていて、そして毅然としていた。戦いを知る眼差し、そしてギルドに関して何らかの繋がりを持っている。
その少女が目の前にわざわざ姿を現した。その機を逃す森ではない。
「……Qの異能力は全ての人間に作用する。その”詛い”を止める手段は太宰君ただ一人。ギルドを潰すには良い手札だ」
すでに諜報部隊が動き出し、ギルドの人間の行動パターン、出現場所、その他諸々がまとめられつつある。あとは適当にQを配置するだけ。それだけで人間などというものはあっけなく壊れる。そんな森の策略を察してか、それとも本当に警告だったのか――彼女からの電話は判断が難しい代物だった。が、彼女が余計な存在であることは事実。何しろ森は彼女の行動を予測できていなかった。
まるで本来いなかった異物のように、その存在は森の計画に杭を打ち込んでくる。
邪魔ならば消さねばならない。彼女が何者であろうとも。
「……面白いことになりそうだね」
彼女は太宰を思わせる。掴みどころがなく、しかしその胸に何かを秘めていて。けれど彼と彼女の決定的な違いは、敵への対処の仕方だ。ご丁寧にポートマフィアへ警告をしてくるとは。太宰ならば黙っているか、自ら動いているだろう。もしくはこの機会にとQの首を落としているかもしれない。
太宰にある冷徹さが、彼女にはない。それは近辺住民をも巻き込む爆発を許容したこととは別のものだ。結局あの爆発騒ぎで死者は出ていないらしい。爆発の規模に対して被害が小さすぎる、おそらく彼女が何かを仕組んだのだろう。
他者の犠牲を厭わない強さ、しかし冷徹にもなりきれない弱さ。
それが彼女への切り札になるか。
「とはいえ彼女の言っていた内容は気になる……早いところ済ませるか。となると明日が良い。明日の早朝、Qを動かすこととしよう」
「できた!」
エリスが楽しげに完成した絵を掲げて飛び跳ねる。その可愛い様子に森は頬を緩めた。
「何ができたんだい、私にも見せておくれよ」
「嫌」
「即答……!」
ぷいっとそっぽを向いたエリスに森はショックで肩を震わせる。
「ううッ……エリスちゃんってばどうしてそんなに可愛いんだい……?」
――否、歓喜で肩を震わせていた。
そんな森にエリスは冷たい目を向ける。そんな眼差しさえ愛おしい。笑みでいっぱいの顔のまま、森はエリスが手にした絵を覗き見る。
「ネズミかい?」
「小ネズミ」
エリスが掲げ持つ紙の中で、可愛らしいネズミがこちらに愛くるしい顔を向けている。その可愛らしさを支えるかのように描き加えられた小さな胴体には細い尻尾が伸びていた。
「うんうん、可愛い」
絵に対しての感想なのか、エリスに対しての感想なのか、もはや判断が付かないほどに森の顔はとろけきっている。
「あ、そうだ」
森の隣に座り、エリスはクレヨンを手にしてそれをぐりぐりと紙にすりつける。どれどれと覗き見てみれば、胴体と頭の境目、細い首に赤い線を描き加えていた。首輪だろうか、リボンだろうか。しかしその赤い線はどことなく、首を裂かれて吹き出す血のようにも見える。
「うんうん」
森は穏やかに微笑んだ。
「とても良い。素晴らしいよエリスちゃん」
Q――夢野久作がギルドの人間の元へ向かったまま行方をくらませたのは、その翌日のことである。