第2幕
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***
敦がギルドに攫われ、鏡花が軍警に捕まり、太宰が衝突事故で怪我を負った。その三つの出来事は、探偵社に危機を知らせる警報として重苦しく鳴り続けている。
行方不明だった鏡花が軍警に捕らえられたことは、もはや今の探偵社の状況ではどうともできない。彼女は元々そうなる運命ではあったのだ、犯した罪が大きすぎる。探偵社とはいえ、それをどうにかできるほどの力はない。この世界はまだ正義と悪の境界が曖昧で、国木田達が救えるものは依然として少ない。
オフェンスのうちの一組が行動不能になったため、奇襲作戦は一旦手を止めることとなった。三人について新たな情報はない。乱歩の元にはクリスからの連絡も来ていなかった。ただただ沈黙が晩香堂を支配している。
とりあえず、と各々好きな席についたメンバーはしかし、痛い沈黙に耐えかねていた。
「どうなるんですかね……」
谷崎が不安そうに目を泳がせる。
「敦君がギルドに捕まったんじゃあ手が出せないじゃないですか……」
「拷問とかされているんだろうねえ」
パソコン画面をぼんやりと確認しつつ、与謝野が呟く。
「あれをこうしたり、ああしたり……ここが知られるのも時間の問題ってことか」
「人質にされるんですかね?」
賢治がきょとんと首を傾げる。
「今に『社長を出さなきゃ山に投げ捨てるぞ!』って連絡が来るんでしょうか」
「何で皆物騒なこと言ってるんですか!」
谷崎の悲鳴は最もである。が、この探偵社に所属する人間に常識を求めてはいけない。
「落ち付け谷崎」
国木田は怯える谷崎を宥めようと口を出す。
「敦はあれでも異能者だ、安心しろ。元よりギルドの狙いが敦だったことを考えれば簡単に殺し捨てるとも思えん」
「で、ですよね? 大丈夫ですよね?」
「問題は小娘だな」
手帳を眺めても、そこに答えは載っていない。仕方なくそれを閉じ、国木田はため息をついた。
「三十五人殺しの経歴は消せん。軍警に捕まったとなれば、こちらは打つ手が限られてくる」
「鏡花ちゃんのことは私が何とかするよ」
飄々とした声は太宰のものだ。振り返れば、片腕を三角巾で吊った太宰が普段通りの様子で晩香堂に入ってきた。
車に追突されたというのに腕一本か。自殺未遂を繰り返してきたせいで体が頑丈なのだろうか。などという冗談はさておき。
「無事か、太宰」
「心配してくれたのかい? うふふ、優しいねえ国木田君は」
「貴様がまた生き延びて心底残念に思っているだけだ」
「男と一緒に死ぬ気はなかったからね。隣が美女だったらどんな手を使ってでも昇天を目指したのだけれど」
「隣が美女でもこの状況下で自殺を考えるな、戦力が減る」
「何とかするって、どういうことだい?」
太宰の冗談とも思えない発言を完全に聞き流し、与謝野が太宰に尋ねる。席の一つに座り、太宰は無事な方の手を広げた。
「策がありますから。あ、あと敦君の方も」
「予見していたのか」
問えば、太宰は僅かに笑んだ。嫌な表情だ。
「可能性としてね」
その一言から全てを語る気はないのだと知る。
ため息を再びつき、国木田は背もたれに身を預けた。太宰に考えがあるのならひとまずは問題はない。悔しいが、それは事実だ。
「で、俺達はどうすれば良い」
「何もしなくて良いさ」
「何?」
「まだ時じゃない」
「方角は?」
乱歩が素っ頓狂な問いをする。太宰はというと首を振ってみせた。
「今は何とも」
「ふーん。んじゃそっちは勝手にやっておいて」
「乱歩さんはそちらをお願いしますね」
全く会話が読み取れない。がしかし、これもいつも通りだ。悔しいが気にすることではない。
「……あ」
ふと乱歩が声を上げる。その目は傍らのパソコン画面を向いている。クリスから何か情報が来たのか。講堂内の誰もが、乱歩が口を開くのを待った。しかし乱歩の表情はゆっくりと真剣なものに変わっていく。
その変化に、国木田は胸の内にどろりとしたものを感じた。冷や汗が体を凍らせる。視界がチカチカとちらつく。
嫌な予感がする。
「太宰」
「はい?」
「精神操作の異能力者って、誰?」
瞬間。
太宰のまとう空気が変わった。
立ち上がったその姿に、国木田は言葉を失う。
太宰が時折見せるその空気は、福沢の放つそれとは質は異なる。しかしなぜか、国木田は身動きが取れなくなる。
「……太宰?」
時折放たれるこの威圧に、国木田は同僚へ得体の知れない恐怖を見る。それはあの、芥川という男の暗い眼差しに射竦められた時と似ていた。
「……どうしてですか?」
「クリスから連絡だ」
乱歩の声は単調で聞き取りやすい。
「道標は空の要塞。近く狙われる者、精神操作の異能力者。警戒せよ。……今回は短いな、これだけだ」
「……道標、だと?」
「敦君のことだね」
太宰が無感情に言う。
「空の要塞……拠点である空中要塞に連れて行かれたか。ギルドがようやく敦君を手に入れた。となると次の対象は街そのものか」
「話が読めんぞ太宰」
またこいつは一人で考え一人で行動しようとしている。そのやり方が間違うことはないとわかってはいるものの、もう少しこちらにも説明して欲しい。
「どういうことだ、説明しろ」
「精神操作の異能力者という存在を私は一人知っている」
酷く低い声で太宰が言う。
「……ポートマフィアの、封印から解き放たれた『呼吸する厄災』さ」