第2幕
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***
フィッツジェラルドは不満げに椅子の背もたれに寄りかかった。
「妙だな」
「は、はいぃッすみませんッ!」
慌てた様子で即座に謝ってくる部下をちらりと見、フィッツジェラルドは呆れを隠さず彼女に伝える。
「オルコット君のことではない、戦況のことだ」
「あ、えっと、はい……」
「探偵社の動きが早すぎる。彼らが陽動の工場爆破に気付くのは一時間後ではなかったか?」
ちらりと見遣るのは机上に置いたオルコット作の作戦書だ。分厚すぎて持ち運びにも適していない上、読むだけで肩が凝りそうになる。
が、内容は上等だ。彼女の作り出す作戦が完璧でない試しはない。――否、なかった。その前提が、この街に来てから少しずつ崩れ始めている。
「既に生化学研究所の方にも探偵社の姿が目撃されている」
「そ、それは変です」
気弱さで声を震わせつつ、しかし毅然とオルコットは反論する。
「この作戦では生化学研究所の方は水素精製工場が爆破されるまで決して気付かれないはず……何か、情報が足りていない……?」
オルコットは手持ちの情報を元に未来を限定予言する。つまり手持ちの情報に不備があれば、彼女は真価を発揮できない。
「あちらに情報習得に秀でた構成員は?」
「確認されていません……隠密能力のある人と推理能力のある人しか……」
「前者は数人の部下が既に姿を目撃している、戦場を駆け回ることで必死なはずだ。後者は戦闘員ではない、自ら体を動かしてこちらに潜んでくるような役割ではないだろう。奴らにはこれほどまでの正確な情報収集は無理だが……」
人を雇ったか。しかし彼らにはギルドと違い財力がない。完全に裏側の組織というわけでもないから、すぐに諜報員を雇うこともできないだろうし、この戦況下で赤の他人を身内に引き入れるような危険な真似を少数精鋭の組織が選択するとも思えない。
「……妙だな」
再び呟き、フィッツジェラルドは窓の外へと目を移した。ビルの立ち並んだ貧乏くさい小さな街が飽きもせずに佇んでいる。
あの街は手に入れる。それは確定事項だ。しかしこの確定事項もまた、静かに崩れ落ちようとしている気がしてならない。
何かがいる。フィッツジェラルドも知らない何かが、影の中から牙を剥いている。
「……いや」
違う。全く知らないわけではない。
この、情報の先取りによる先手、あえて敵に己の存在を知らせる行為、けれど直接的な攻撃はせず、相手の動揺を誘いミスを待つやり方――覚えがある。
忘れるわけもない。
「……オルコット君」
「は、はぃ、はいッ!」
「第一作戦は中止だ。全員を引き上げさせろ。第二作戦はそのまま続行、現地に待機。そして、モンゴメリ君を呼べ」
「はい……え?」
「俺は命令を一度しか言わんぞ」
「え、あ、はい、ただ今ッ!」
わたわたとオルコットが部屋を出て行く。途中で何もない床につま先を引っかけていた。彼女はつくづく憐れな性格をしている。あれほどの能力を持ちながら、なぜ堂々と振る舞えないのか。
そういえば、懐かしの彼女もそうだった。いつもぼんやりと窓の外を眺めていた少女を思い出し、フィッツジェラルドはそっとその名を呟く。
「……クリス」
モンゴメリが任務に失敗して帰ってきた時、妙なことを口走っていたことを思い出す。
「……この街にいるのか」
モンゴメリとクリスに直接の面識はない。モンゴメリは彼女のことを噂でしか知らないはずだ。モンゴメリがそれらしい人に会ったと言った時は見間違いだと思って聞き流した。もし本人だったとしても、あの警戒心の強い彼女のことだ、ギルドの人間の前にのうのうと姿を現すとは思えない。
が、もしかしたら。
「……だとしたら」
俺は何をすれば良い。
その答えは既にフィッツジェラルドの中にある。
口の端をつり上げ、組織の長は眼光に刃の煌めきを宿した。
***
「よし、これです!」
バッと賢治が乱歩の手に扇のように並べられたトランプ二枚のうち一枚を引き抜く。がしかしその柄を見て、賢治は目を丸くした。
「あれれ、ババですね?」
「ふふん、この手にかかればその程度お手の物さ……ッということで、ほい」
乱歩が賢治の手に残った二枚のトランプのうち一枚を選び取る。ハートのエース。手に持っていたのはスペードのエースだ。
「はい、五連勝ー」
「凄い! さすが乱歩さんですね!」
「ふふーん!」
「ご機嫌だねえ」
ババ抜きにいそしむ二人を眺め、与謝野は微笑む。まるで幼い兄弟のようだ。その身の内に秘められた力はとんでもない二人だが。
「映像の方は問題ないー?」
「全然。静かなもんさ。ま、前みたいに突然誰かが映ったりしたら心臓に悪いけど」
パソコン画面をつまらなそうに眺める与謝野に、乱歩は「ふーん」と興味なさげに返す。さて、と自分の近くに置いたパソコンへと目を移した。こちらは晩香堂の警備システムには通じていない。他の機能もない。信号受信と暗号解読、それができるだけの機械である。
その画面にはグラフが映し出されていた。変動はない。死んだ人間の心臓のように真っ平らな線が延々と描かれ続けている。
「はあ、暇」
「平和の象徴じゃあないか」
「暇は暇! あー暇! 事件解決したい! 与謝野さん、何か事件ない?」
「ッて言われても、社員しかいない講堂で事件なんてそうそうないからねえ……妾で良かったら、殺人現場紛いは作れるけど」
与謝野の申し出に乱歩は「それはちょっと」と嫌そうな顔をした。
「推理の必要ないじゃん。臭うし。ちぇ……よし賢治君、もう一回ババ抜きだ!」
「じゃあ勝つためのコツを教えて下さい! 僕も乱歩さんみたいに格好良く勝ってみたいです!」
賢治が顔を輝かせる。事実を述べただけのその褒め言葉に、乱歩は一気に得意げな顔になった。
「うんうん、学ぶことは良いことだ! 僕には必要ないけれど、君達凡人には必要なものだからね! じゃあまずはトランプを切って」
「はい」
「それを二つに分けて配って」
「はい」
「揃ってるカードは捨てて」
「はい」
「これで準備完了だね。手札見せて」
「……僕にババがありますね」
「じゃあ手持ちのカードをどう並べる? 順番? ランダム?」
「えーっと……」
乱歩のご機嫌な講座が始まった横で、乱歩のパソコン画面のグラフがピクリと動いた。ピタリと手を止め、乱歩は画面を注視する。
グラフがいくつもの山を作り、谷を形成する。やがて乱歩の目の前にウィンドウが開かれ、文章が綴られていく。
「……オフェンスに連絡だ」
「次の一手か」
静かに碁盤を見つめていた福沢が短く問う。頷き、乱歩は与謝野と賢治へと顔を向けた。
「オフェンスに、こちらに連絡を寄越すように伝えて」
「え?」
「どういう意味です?」
与謝野と賢治がきょとんとする。乱歩はパソコン画面をコツコツと指の関節で叩いた。
「通信するんだ。ギルドがここを探るためにオフェンスを呼び出した、そしてこちらと連絡を取り合わせ、それを逆探知しようとしている。それを逆に利用する」
「こちらから連絡を取ると、それに気付いたことがばれる可能性があるってことか」
「そういうこと。あくまでオフェンスからディフェンスに通信をする必要がある」
与謝野と賢治が通信端末を取り出す。
「んーじゃあワン切りで行こう」
「わんぎり? ですか?」
「一回コール音を聞いてすぐに切るんだよ。そうすれば相手は出る間もなく、そして着信記録は残る。で、着信か着信記録に気付いた向こうから確実に連絡が来る」
「そんな方法があるんですね! 凄いです!」
「妾もこんなことに喜べる純粋さが欲しいものだねえ。……で? こちらに連絡してもらうのは良いけれど、このままじゃ相手の思うつぼじゃあないかい?」
「その点は全く心配いらない」
与謝野の問いに、乱歩は椅子にふんぞり返って笑う。
「こちらには情報操作のプロがいるからね」