第2幕
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***
突然の強風に煽られた結果トラックの直撃は避けたものの、地面を転がった全身が痛い。砂埃に咳き込みながらスタインベックは立ち上がった。
探偵社員の姿はない。逃げられたか。
「……驚いた」
短い感想を呟きつつ、車に押し潰され吹っ飛ばされていたはずのラヴクラフトが曲がった首を手で直す。生命力著しい彼の身の心配はしていなかったので問題ないとして、気になるのは探偵社員だ。
そして、と首元に手をやる。
葡萄の枝が全て千切られてしまった。事務員達はすでに逃走を成功させているだろう。しかし汽車での逃亡ならばまだ間に合う。異能力を駆使すれば、再び彼女達を捕獲することはできるはず。
けれどそれを行動に移すことはできなかった。サイレンの音があっという間に近付いて来、スタインベックらを取り囲む。先程から近付いて来ていた車の気配は彼らだったのか。
「動くな!」
「本部、通報の誘拐犯らしき二人組を発見しました!」
「……この国の警察か。あらかじめ通報してあったんだね」
ラヴクラフトもいるので、異能で突破はできるが。
しかしスタインベックは両手を挙げて降参の意を示した。
どうせ後々、釈放される。この遠征に参加するにあたり、フィッツジェラルドは構成員に外交官に相当する権限を付与した。この国の法はギルドメンバーをその手の中に留めることはできない。捕まったとしても、時間を浪費するだけで実害はないのだ。
それに、とスタインベックは空を見上げた。青いそれは白い雲と共に上空に広がっている。
その青を、見つめる。
瞬時に広範囲の木を断絶した刃物。その手際、そして範囲を考えれば、並の人間の仕業ではないことは明確。異能者の関与を疑うべきだが、しかし彼らにそのようなことができる構成員がいただろうか。
「……ラヴクラフトは知らないかな」
「何を?」
「昔、ギルドにいた女の子のことさ」
あの子の視線を感じた気がした。何かを忘れてきたかのような青の双眸、塵と埃に埋もれた亜麻色の少女。あの子は今どこにいるのだろう。
「……あの視線があの子のものだとしたら、きっとここで逃げだしても意味がない」
「意味……よく、わからない」
警察が強引に手錠をかけ、背中を押してくる。ラヴクラフトの疑問に答えることができないまま、スタインベックは警察車両に詰め込まれた。喉の奥まで上っていた答えを、スタインベックは口の中で呟く。
「……あの子はギルドを嫌って出て行ったに違いないからさ」
彼女がフィッツジェラルドのやり方をよく思っていなかったことを知っている。知っていて、けれど家族のいたスタインベックは彼女に同意することも言葉をかけてやることもできなかった。
そして彼女はギルドから姿を消した。
今回の作戦も彼女にとっては、そしてスタインベックにとっても心地の良いものではなく、むしろ反感さえ抱く。彼女がギルドの動向を読み、邪魔をしに来ていても何ら疑問はなかった。彼女がギルドを抜けた理由を本人からは聞いていない。演劇をしたかったから、と噂では聞いている。元々彼女は自ら進んでギルドに入っていたわけではなかった。彼女はとある組織を壊滅させた時の生き残りだ。
あの無感情でどこかぼんやりとした彼女に夢ができ、己の意志で行動することができるようになったのだ。彼女の離脱は彼女なりの成長ということで喜んで受け入れるべき喪失だった。
けれどそれだけではないであろうことは容易に想像が付いていて。
『スタインベック……わたしの生き方は、正しいのかな』
もし、あの時、彼女に言葉をかけてやれたのなら、とスタインベックは遠き日の少女の面影を思い出す。そうしたら、今も――彼女はギルドにいたのだろうか。膝を抱え、望まない殺戮に心を殺しながら、フィッツジェラルドの横で。
両脇に警察官が座り、車が動き出す。スタインベックはそっと目を閉じた。