第2幕
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***
助手席に乗り込んだ国木田を追うように谷崎が運転席に座る。エンジンがかかる音と共に、車が振動した。
「……国木田さん」
思わしげな声で谷崎が名を呼んでくる。無視するわけにもいかず、しかし国木田は言葉を見つけられないまま、アクセルを踏み込んだ。車が急発進する。タイヤがアスファルトを削って甲高い音を立てる。
直線状の道路を無心で走る、走ろうとする。けれど頭の隅には混乱が居座り続けていた。風に揺れる亜麻色、光を差し込むと輝く湖畔の眼差し、永遠のさよならに似た「また明日」の声。
「……昨日、クリスに会った」
「そうなんですか」
谷崎の困ったような反応に、国木田は頷く。少しずつ、頭の中を整理するように、呟いていく。
「クリスは『自分を覚えていて欲しい』と言っていた。どこかに行くわけでもなく……いや、どこかに行くつもりだったのだ。一般市民という姿を捨てた先に」
昨日まで、彼女は舞台女優でしかなかった。彼女は国木田にとって守るべき市民の一人であり、親しい知り合いであり、それ以外の何者でもなかった。
しかし今日からは違う。彼女は国木田達の――探偵社の駒として、諜報員として、戦火の中へ飛び込む戦闘員と化した。昨日の彼女と今日の彼女は違う。
だから彼女は言ったのだ。『忘れないで欲しい』と。『今までの、ただの知り合いだった自分を、忘れないで欲しい』と。
国木田達がこうして困惑し懐疑に呑まれることを予期していたかのように。
「……国木田さんは、クリスちゃんを敵のスパイだと思っていますか」
「少なくとも無実だとは言い切れん。……この状況で、彼女をただの都合良く現れた助っ人だと思う方が不適切だ」
彼女との出会いは偶然だった。その後様々な事件で顔を合わせたが、どれも偶然だった――偶然だったはずだ。そうでないとしたら、彼女はわざと探偵社が担当した事件に被害者として介入してきていたというのか。非現実的だ、そのはずだ。
けれど、仮に。
ならばあの恐怖への震えも、感謝の言葉も、話してくれたことも、あの美しい眼差しも、笑顔も、嘘だったのだろうか。
自分は何を信じていたのか。何と共に時間を過ごしていたのか。
――彼女は初めから、国木田を絆すためにそばにいたのか。
ならば昨日の彼女は何だったのだろう。この状況になっても国木田に自らを信じさせる演技か。しかし、彼女のあの様子は。
思考が空回りする。何から手をつければ良いのかわからない。
「……俺は、何を信じれば良い」
問いは誰からの答えを得ることもなく、宙に消えていく。